ソウルの帝王ジェームス・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」のホームページです。

ジェイムズ・ブラウンの自宅訪問(ニューヨーク編)

      2019/10/07

スポンサーリンク

 

ジェイムズ・ブラウンは全米、全世界への巡業を繰り返すそのキャリアの中で、ニューヨークに拠点を構えていた時期もありました。

ニューヨーク市クイーンズ地区には、かつてジェイムズ・ブラウンが住んでいたという住宅が今も残っています。

2011年に歴史的地区に指定され、区から保護されているアディスレイ・パークという区画に、その家はあります。

 

ジェイムズ・ブラウンの自宅

ジェイムズ・ブラウン自宅2 ジェイムズ・ブラウン自宅1

モザイク状にランダムに積まれた壁面が非常に美しいですね。

今、手元にDVDがなくて確認できないのですが、

映画「ジェームス・ブラウン〜最高の魂をもつ男〜」で、妻のディーディー(演:ジル・スコット)と一緒に子どもたちにクリスマスプレゼントを配っていたあの住宅ではないでしょうか。(そしてそのあとディーディーに対して壮絶な暴力を振るうあの住宅)

しかし、下記の記事によるとジェイムズ・ブラウンがこの自宅に住んでいたのは1963年〜68年と書かれています。

ジェイムズ・ブラウンがディーディーと結婚したのは1970年なので、もし映画に出ていた家がこれと同じであれば、時系列を無視しているのかもしれません。

追記:こちらの画像を見つけたのですが、アディスレイ・パークの住宅とは違うようですね。(引用元:https://bluray.highdefdigest.com/14829/getonup.html

 

ジェイムズ・ブラウン自宅のセコム

敷地内には「セコム入ってます」と同じ意味の立て札がいくつか見られました。

 

ジェイムズ・ブラウン自宅の割られた窓

窓ガラスが割られていますが、応急処置だけで終わっています。

 

ジェイムズ・ブラウン自宅の地下室

ジェイムズ・ブラウン自宅の庭

今は人が住んでいる気配はありませんでしたが、庭の手入れはしっかりされています。裏のスペースには車が停まっていました。

このアディスレイ・パークには、ジェイムズ・ブラウンのほか、カウント・ベイシー、エラ・フィッツジェラルド、そしてW.E.B,デュボイスなど、多数の著名人が住んでいたそうです。

 

「歴史的地区」アディスレイ・パーク

クイーンズ地区は、マンハッタンから東側にあります。ただ一口にクイーンズと言っても実はけっこう広く、練馬区の5倍ほどの面積です。

アディスレイパーク

アディスレイ・パークは、クイーンズ地区の南東のほう、ジャマイカというエリアにあります。タイムズスクエアからは電車・バスを乗り継いで1時間半ほどかかります。

 

ジャマイカ駅前

ジャマイカセンター駅前のグラフィティ。味わいのあるタッチである。奥のほうに見える顔はNASのようでした。

 

住民のほとんどがアフリカ系アメリカ人ですが、レゲエで有名なジャマイカとは何の関係もありません。

1910年頃から開発が始まったこの区画では、急な三角形の屋根、レンガ造りの立派な煙突が特徴的なチューダー様式(スキー場とかに行くとよく見かけるタイプの家は、このチューダー様式を真似たものです)の家屋が並んでいます。かつてアメリカがイギリスの植民地だった時代に建っていたものを復元したのだそうです。

区画の中央にはリンデン通りという大きな通りが走っており、その脇に美しい家々が立ち並びます。

鳥のさえずりと、たまに通る車の音くらいしか聞こえない静かな住宅街で、なんだかマザー2の世界に入り込んだような気分になってしまいました。

教会 リンデン大通り

かつてアディスレイ・パークは、ご多分にもれず白人のための住宅地でした。黒人に家屋を売却することは条例で禁じられていたのです。

しかし1948年、そうした条例が合衆国憲法修正第14条の平等保護に反するという判決が最高裁によって下され、そこからアフリカ系アメリカ人の人口が増えていったといわれています。

つまり、アフリカ系アメリカ人が家屋を所有する自由を勝ち取った、という歴史をもっている地区なのです。

その歴史を踏まえ、2011年2月の黒人歴史月間(Black History Month)の初日に、この地にある400を超える邸宅を歴史的ランドマークに認定し、保護していくことが決定されました。

 

こちらもどうぞ

ジェイムズ・ブラウンの故郷ジョージア州を訪ねたときの記録です。全5回で大変長いのですが、アル・グリーン師の教会訪問や、JB’sのギタリスト、キース・ジェンキンスからの歓迎など、いろいろあったのでぜひご覧ください。

 - アメリカ旅日記, コラム