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ディアンジェロが好きすぎて…【名盤・代表曲】

      2019/09/23

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こんにちは、JAYです。ソウルの帝王ジェームス・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」を描いています。

 

今回お話しするのは、私の大好きなミュージシャンの1人、ディアンジェロ。私が改めて書くまでもない素晴らしいアーティストなんですが、とにかく好きです。ということで、彼の過去や名盤・代表曲などを交えて紹介します。

今回の記事を書くにあたって大変参考にしたのが、bmrに掲載されているディアンジェロのロングインタビューの日本語訳です。

この翻訳をされている押野素子さんは、ディアンジェロにたぶん日本で初めて電話インタビューした人であり、私がイラストを描いた「今日から使えるヒップホップ用語集」の著者であるほか、ジョージ・クリントンの自伝「ファンクはつらいよ」の翻訳など、素晴らしいお仕事をされている方です。ぜひ見てみてね。

ディアンジェロの経歴

ディアンジェロは、ヴァージニア州の州都リッチモンドで生まれました。アッパーサウス(南部の上の方)に属する州で、南北戦争では南軍の重要な拠点となり、そのために市街地が戦禍を被るなど、過酷な歴史を持った街です。

リッチモンド

赤いピンのところがリッチモンドです。

人口は20万人前後でそれほど多くはありませんが、ディアンジェロが生まれ育った頃はまだ全米でも有数の犯罪率を叩き出していた治安の悪い都市だったそうです。今は改善され、有名な大学や美術館などのほか、企業の研究施設なども数多く置かれて人口は増加傾向。タバコメーカーのフィリップモリス本社もあります。

後にニューヨークのアポロシアターに出演したディアンジェロがリッチモンド出身というとブーイングが起きたということからもわかるように、音楽的な評判のある都市ではありません。数少ない同市出身のソウルシンガー、メイジャー・ハリスです。優しいメロディにあえぎ声がそのまんま入った名曲。

ディアンジェロは父、祖父とも牧師をやっていたということで教会がとても身近 な場所でした。教会で楽器に触れ、3歳の頃にはピアノが弾き、アース・ウィンド・アンド・ファイアの「Boogie Wonderland」などを演奏していたといいます。

地元でイトコたちとバンドを組み、そのバンドを引き連れてアポロシアターのアマチュアナイトに出演、なんと優勝。このとき16歳でした。その後、計3回の優勝を果たします。

ちなみにアポロシアターといえば、ジェイムズ・ブラウンが拠点にしていた劇場でもあります。

アマチュアナイトでの好評を受け、学校を中退してニューヨークへ。デモテープを通じてEMIと契約します。

このとき彼のマネージャになったのが、もともとステツァソニックのマネージャであり後にモータウンの社長になるキダー・マッセンバーグというオジサン。あのエリカ・バドゥを世に知らしめたのも彼の功績で、つまるところ、ディアンジェロとエリカ・バドゥが大好きな私はこの人に人生を支配されています。

ディアンジェロはゴスペルクワイア「ボーイズ・クワイア・オブ・ハーレム」への楽曲提供などをしながら自分のアルバム制作も進め、ラファエル・サディークの個人スタジオなど複数のスタジオで約2年にわたって収録を続けます。

そうして1995年にリリースされたのが、ファースト・アルバム「ブラウン・シュガー」なのでした。

 

ディアンジェロの名盤「Brown Sugar(ブラウンシュガー)」

ディアンジェロのデビューアルバムです。ア・トライブ・コールド・クエストのアリ・シャヒード・ムハンマドが共同でプロデュース(即興的に15分で完成した曲だそうです)した同名タイトルの1曲目から、不穏で奇妙な雰囲気が一気に充満して彼の世界に引っぱり込まれます。

このアルバムでは全体を通して鍵盤の存在感が強いんですけど、その一方でベースやドラムのリズムが非常に効いてますよね。このリズム楽器の太さ(または太く聴こえる)はディアンジェロ作品の特徴ですね。

そしてコーラスがすごい。マーヴィン・ゲイみたいな、何重にも重なり合い奇妙で怪しげな雰囲気を生み出しています。明らかにプリンスの影響下にある、美しくも力強いファルセットとコーラスが絶妙に重なり合うことで、他にはない煙たいカッコよさを生んでいます。

アルバムを通してインパクトがあったのは「sh*t,damn,motherf**ker」です。なんか、笑っちゃったんですよね。こんなエゲツないことを、妖しく怪しく歌い上げる感じ。この曲はストーリーテリングになっていて、最後にはオチがあります。

先述のアリ、スタジオを貸したラファエル・サディーク、ボブ・パワーなどがプロデューサーとして名を連ねますが、基本的にはほとんどディアンジェロが自分でプロデュースしていたそうです。大所帯で作ったものではなく、基本的には一人で部屋やスタジオに籠もって組み上げていった、そういうアルバムですね。

ボブ・パワーというのは、ア・トライブ・コールド・クエストの「ロウ・エンド・セオリー」のミックスを手がけ、その後もコモンの「ライク・ウォーター・フォー・チョコレート」など数々の名作に携わっている有名エンジニアですが、彼はディアンジェロのことを次世代のサム・クック(Sam Cooke)とか、次世代のダニー・ハサウェイ(Donny Hathaway)とか言ってたそうです。

「When We Get By」とか特にそうですが全体的にソウル、R&B、ジャズの空気感が強いので、そのへんが好きな人にオススメしたいアルバムですね。なおリリース時、ディアンジェロはあんまりジャズは聴いてないと言っていたそうですが、母が熱狂的なジャズ好きだそうなので自然と身体に染み付いているんでしょうね。

ディアンジェロの名盤「Voodoo(ヴードゥー)」

2000年リリースのセカンド・アルバムです。

本作ではザ・ルーツのドラマーであるクエストラヴが大きな存在感を放っています。Brown Sugarのリリース後にディアンジェロと出会い、セッションを通じて意気投合したのだそうです。

DJプレミアが作った「Devil’s Pie」などの曲もありますが、前作よりも圧倒的にバンド寄りになっています。ベースにはピノ・パラディーノ、トランペットのロイ・ハーグローヴ(惜しくも2018年に夭逝)など、錚々たるメンバーが集まりました。

ディアンジェロは臆することなく彼らに自分のイメージに基づいた指示を出します。当時、メトロノームのように正確なビートが刻めることで有名だったクエストラヴに対し、揺れるようなビートを叩くように指示したというのですから明確な完成形のイメージがあったのでしょう。もちろん、クエストラヴは当初ものすごく抵抗を感じたそうですが。

一方で、前作で鳴りまくっていた鍵盤は少し抑え気味です。そういう構成の変化のためでしょう、前作よりもソリッドというか、ミニマルになった印象です。そのぶん、ディアンジェロのヴォーカルとコーラスがより一層浮き出ています。

Voodooは、私が一番好きなのがこのアルバムです。

なぜなら、前作「Brown Sugar」よりも一層、煙たさ…ダーティさが増しているからです。

それはディアンジェロが強く意図したことでもあったそう。つまり前作は「精製された音」になってしまった。ディアンジェロはよりロウな音作りを志向しており、それはこの「Voodoo」で実現されています。

ジミヘンの個人スタジオ、エレクトリック・レディ・スタジオに集結した面々は、まるでその場を占拠したかのように居座り、RECボタンを押したまま、ずっとふざけ合うように音を鳴らしていたそうです。

エレクトリックレディスタジオ

こうしてリラックスしたルーズな状態から生まれた音の断片を拾い集め、作り上げたのがVoodoo。ゆえに、その音は洗練というよりも埃っぽく、ネオソウルという括りにあるレイドバック感はありながらもレア・グルーヴFUNKの空気感も持ち合わせている素晴らしい作品となりました。

私が特に好きなのは「Spanish Joint」です。

スムーズだしオシャレだけど、激しく腰がうずきます。細かく刻まれたギターがジェイムズ・ブラウン「Turnit’ Loose」をかすかに彷彿とさせるのもあるでしょう。

多くのミュージシャンがそうであるように、ディアンジェロもジェイムズ・ブラウンの影響を受けています(というより影響を受けざるを得ない)。そんな二人が音楽の上で交差した瞬間について、以下の記事を書いてみました。ぜひ併せてご覧ください。

 

ディアンジェロの名盤「Black Messiah(ブラック・メサイア)」

Voodooから実に15年ほど待たされて、2014年末に突如リリースされた本作。まあ、リリースの話はけっこう現実味を帯びていましたがけっこういきなりだったと思います。めちゃくちゃ話題になりましたね。

本作は私が初めてリアルタイムで聴いたディアンジェロの音源になります。ザ・ヴァンガードというバンドを従えての名義になりましたが、クエストラヴ、ピノ・パラディーノ、ロイ・ハーグローヴたちも含まれています。

本作で最大の特徴はディアンジェロがギターを中心に演奏していることです。それまでもギターをひたすら練習していたということですが、ここまで全面に出したことはありませんでした。ディアンジェロといえば鍵盤だったのです。

前作Voodooと本作は、あのジミヘンが建てたエレクトリック・レディ・スタジオで収録されました。楽曲を聴いてもらうとジミヘンの影響が大きいことがわかります。Voodooのレコーディング時、よほどスタジオの空気に当てられたのでしょう、当時のインタビューでもジミヘンに言及しています。

音楽をつくる上で人々の評判を気にしない、徹底的に排除するというディアンジェロは自身を「ネオソウルのシンガー」として定義することをせず、新しい地平へと踏み出していきます。彼のインスピレーションの根っこになったのが、ジミヘンだったのです。

結果、前作までのソウル、ヒップホップ、ファンクにロックが加わり、自分自身の模倣に陥ることもなく、けれど既存の音楽の焼き直しでもない、けれどどっからどう聴いてもディアンジェロでしかない、という唯一無二のアルバムが完成しました。

1曲めの「Ain’t That Easy」のギターの短くルーズに刻まれたイントロからディアンジェロコーラスを聴いた瞬間に、誰もが「うおおお、帰ってきた!」と興奮したんじゃないでしょうか。

このギターの存在感により前作にあった「削ぎ落とされた感」は無くなり、そこから少しラウドで「鳴る」感じのアルバムになりました。同時に彼が当時求めていたダーティさも、少し控えめになったなと感じます。ここが、私が前作Voodooのほうが好きな理由です。

しかしもちろん本作も傑作。私が一番好きなのは序盤「1000 Deaths」から「The Charade」の2曲です。

「1000Deaths」で繰り返し鳴り続けているスピーチは、マルコムXも所属していたことのあるネイション・オブ・イスラムという団体に所属した後、ブラックパンサー党に移ったカリド・アブドゥル・ムハマド、そして同じくブラックパンサー党で指導的な役割を果たしていたフレッド・ハンプトンという人物のものです。

「臆病者は1000回死ぬが、勇敢な者の死はただ一度だけだ」という歌詞は、シェイクスピアの劇「ジュリアス・シーザー」をサンプリングしているようです。冒頭の演説と併せて考えると、現状への抵抗、打破のためには暴力を辞さない勇敢な姿勢を持つという、かなり強い態度の表明でもあると思います。

続く「The Charade」、シャレードとは茶番劇という意味だそうですが、こちらも「俺たちは対話の機会が欲しかっただけ なのに殺される(We got outlined in chalk=死体位置確認のためのチョークで線を引かれる)」という、彼らアフリカン・アメリカンの置かれた現状に対しての怒り、失望が歌われています。

詩の内容はシリアスで、本作のリリースを前倒しにするきっかけになったと言われるファーガソンで起きたマイケル・ブラウン少年の銃殺事件、そして巻き起こったBlack Lives Matterという一連のムーブメントへの同調が隠すことなくストレートに表明されています。

その前のめりなスタンスを後押しするかのように、この2作、実に今作らしいロック色が強く激しめな楽曲になっています。めちゃくちゃカッコよくないですか? 特にThe Charadeは歌詞と楽曲の絡み方が絶妙で、耐え難い悶絶を引き起こします。

まあしかしさすがの構成力というか、後半のBetray My HeartやラストのAnother Lifeなど、これまでの路線を比較的守ったようなテイストの曲もあり、バランスよくまとめられています。

そのほかにもライブアルバムや客演多数

彼本人名義でのスタジオ・レコーディング・アルバムは以上の3作品だけですが、ほかにもライブアルバムや客演をたくさんこなしています。そのへんは、今回の記事でも大変参考にさせてもらった「新R&B入門 ディアンジェロでつながるソウル・ディスク・ガイド1995〜2015」にも詳しく載っています。

そのほか、各アルバムの日本語版ライナーノーツ、当時の小林雅明さんのインタビューなど、多数の記事を参考にさせていただきました。ありがとうございます。

 

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