なぜ、ケンドリック・ラマーはすごいのか【3】代表曲・名曲を通して解説

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こんにちは、JAY(@f__kinjay)です。ソウルの帝王ジェイムズ・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」を描いています。

 

なぜケンドリック・ラマーはすごいのか…という、いまいちピンときてなかった疑問に対して過去2回にわたって書いてきました。

 

今回は最終回。2017年リリースの「DAMN.」を中心に、なぜ彼がそんなにすごいと言われているのかを見ていきたいと思います。

FOXニュースで批判されていたケンドリック・ラマー

共和党のドナルド・トランプ氏が大統領に就任し、悲嘆に暮れる者も少なくないアメリカの現在。過去2作によって不動の地位を得たケンドリック・ラマーが一体どんなことをラップするのか、前作をさらに上回る期待がのしかかっていたことでしょう。

実はケンドリック・ラマー、2015年のBETアワードでグラフィティまみれのパトカーの上に乗って「Alrght」をラップするという派手なパフォーマンスを、FOXニュースで痛烈に批判されていました。「Alright」にある「ストリートで俺たちを殺そうとしてくる警官が憎い/今おれは説教師のドアの前で膝をつき/そして銃をぶっぱなす」というラインを、キャスターのジェラルド氏は「間違っている」と断じたのです。

確かにそうした意見が出るのも分からんでもない。全ての警官がそうではないはずでしょうし全米に影響あるアーティストから職業ごと批判されてしまうと、警官本人だけでなく家族が迷惑をこうむったりするケースも、まあ無くは無いでしょうからね。

でもそれをニュースが言ってしまうと、そうした警官擁護派の反動を呼び起こしてしまうだろうし、となるとやっぱりそもそも立場が弱いほうが圧倒的に不利というか、それこそ家族の迷惑レベルでは済まないような事件が実際にたくさん起こっているわけですから。「自分たちが強者である」ということにはもっと自覚的にならなくてはいけないのではと思います。

ケンドリック・ラマーはじめラッパーたちもまた、弱い立場側から意見を伝えて変えていこうとするために、たとえば警官全体を憎むべき対象とするかのような極端な物言いにならざるを得ないというのもまた、そのとおりだと思います。

で、本作「DAMN.」はそうしたFOXニュースのコメントをサンプリングした1曲め「BLOOD.」から始まります。

盲目の女性を助けようと「なにか失くしものを?」と尋ねると「失くしたのはあなた。あなたの命」という答えが銃弾とともに返ってくる、ちょっと衝撃的な始まりです。そして「それは弱さなのか、邪悪さなのか」と問うケンドリック。

ここでいう「それ」とは、FOXニュースで批判された「警官が憎い」という、愛でもって問題に向き合えず憎しみに取り込まれていることでもあるでしょう。前作のように希死念慮を抱いたり、名声と自らの心情とのギャップに悩み苦しむことも含んでいるかも。でもやはりこれから始まる本作「DAMN.」を通じて語られるケンドリック自身の素の人間性、そのもののことを言っているようです。

 

内面に切り込みすぎ!暗いけどシンプルで本質的なのかも

まずはアルバムの総合的な印象です。社会全体を見渡すような視点から個人の内面へと焦点を移していくTo Pimp A Butterflyに対して、よりいっそうインナーセルフになっています。社会を俯瞰したような目線はほぼ姿を消し、極めて内省的であるといえるでしょう。この人のアルバムはどれも「全体的に雰囲気が暗いんだけど最後にブレイクスルーがあって気持ちいい〜〜しかし結局なにも終わっていないよね」みたいな流れだと思ってるんですが、本作は特にその暗さが顕著な気がします。

南部で流行している「トラップ」というユラユラしたドラッギーな曲が多いのも大いに影響してますね。

そしてそんな「DAMN.」の高い注目度を表すように、私がここで話すまでもなくたくさんの解説記事がウェブにもアップされていますので、いくつかご紹介します。もちろん、ケンドリック・ラマーのすごさを理解する上でこれらのサイトも非常に参考にさせていただきました。ありがとうございます。

The Sign Magazine

WaxPoetics

Realsound.jp

bmr

DAMN.では、ケンドリック・ラマーの内面に渦巻く感情の浮き沈みや衝動が、ガチガチの意図によって組み立てられています。リスナーたちは「次のケンドリックはどんな意図を込めているのか?」と、まるで謎解きをするかのように、それを楽しんでいるかのようです。そして聴けば聴くほどに、その期待を裏切らない数々の答え(正解ではなくとも)が浮き出てくる、そういう深みのようなものがある作品を作れるのがケンドリック・ラマーなんですね。

しかしそれにしても今回は、アルバムジャケットや曲タイトル、サウンドすべてにおいて、前作までと比べてミニマルでそぎ落とされた印象ですね。

これは前作のラスト「Mortal Man」でラップしていたような「どんな俺でも愛してくれる?」「俺をケンドリック・ラマーという一個人として見てくれる?」というケンドリックの切実な思いが表れているようです。それは本作の10曲め「LOVE.」でも、「もし俺がイカした車に乗ってなくても、それでもまだ愛してくれる?」というような言葉で語られています。とにかく自分そのものへの関心を希求しているようです。

 

そしてアルバムの内容も「あらゆるケンドリックそのもの」が描き出されています。地元を愛し、同胞を愛する俺、孤独な俺、卑怯な俺、恐怖におののく俺、プライドの高い俺、欲にまみれた俺…

けれど、どうでしょう。こういう感情って、前の記事でも書きましたけど多くの人間は心の中に持っていますよね。誰もが持ちうる感情だからこそ、それと向き合いさらけ出せるケンドリック・ラマーを好きになるのだろうし、彼が自分に代わってそれを言ってくれているような、そういう共感を呼ぶのかもしれませんね。

 

ケンドリック・ラマーの視点の豊富さ

アルバム3枚を聴いて、ケンドリックが言いたいこと、伝えたいことの本質ってブレていないたったひとつのことなのではないかと思うのです。自らを愛そう、ということなんじゃないかと。

前2作と比べると、「DAMN.」では自尊心についての直接的な言葉はありません。でも、醜い自分を描ききり、そして終盤の13曲め「GOD」では「これが神ってやつか」と、あたかも自らが神になったかのように述べています(まあ相変わらず弱さも垣間見える曲ですが)。醜い自分だって受け入れて肯定しているよという姿勢を伝えているように思います。

 

自尊心って普遍的なテーマなんじゃないかと思いますがしかし、これほどまでに初志貫徹して同一テーマで凝ったアルバムを作り続けるもんなんでしょうか(それができるからすごいんですが)。

ラッパーはテーマ(言いたいこと)が枯渇するもんだという話も聞きますが、ケンドリックは同じテーマを、全く異なるアプローチで、執拗に説き続けているようです。熱量がぜんぜん枯渇していない。自分自身が売れていることと社会の情勢がリンクしていないからかもしれません。

ときにはケンドリック自身の言葉で、ときには第三者からケンドリックに語りかける言葉で、ときには意識が朦朧とするまで泥酔した状態の言葉で…と、その視点の豊富さは前2作からもわかりますが、DAMN.ではさらに、カンフーケニーというキャラクターが登場します。これも、そんなケンドリックがつくった新たなアプローチでしょうか。まあでも、その明るい感じの名前に反してラップはけっこう淡々としてるというか、そこまで元気さを感じるものではありませんでした…カラ元気みたいなもんか?

 

前2作と全く異なる音作り

そしてこの「なぜケンドリック・ラマーはすごいのか」の第1回目で言ってしまった「クラブ受けしなさそう」は撤回です。今回を機に改めて、南部ジョージアの大人気プロデューサーであるマイク・ウィル・メイド・イットを起用したリードシングル「HUMBLE.」など聴き直したんですが、ふつうにアガりますね。

ケンドリックの音楽を長年支えてきたSOUNWAVEも「FEEL.」「LUST.」「LOVE.」などでアンビエントというか空間の広がりを感じるような楽曲群で「DAMN.」の空気をかたちづくっていて、現代的なソウル・ファンク感が感じられます。ちなみにFEEL.ではサンダーキャットが、LUST.ではカマシ・ワシントンが参加していますので、メンツ的にもジャズ、ソウル感がガッツリあるといえますね。

ただTo Pimp A Butterflyのようなジャズ感とは全く違います。今作では先述のトラップをはじめ、サウスのヒップホップにかなり振った感じだと思います。00年代によくかかっていたような雰囲気を感じる楽曲もあります。

それに呼応するように、ケンドリックのラップもよりナーバスで脱力気味になっているようです。ハキハキラップしてるのなんてDNA.とHUMBLE.くらいでは?

でもその虚脱ぶりが悪いというのではなく、アルバムのムードをしっかり引っ張っていると思いますね。

そう、ケンドリック・ラマーの特徴はアルバムを通してひとつの流れがある、ということなんです。先も述べたような「全体的に雰囲気が暗いんだけど最後にブレイクスルーがあって気持ちいい〜〜しかし結局なにも終わっていないよね」みたいな流れのことで、むろん各曲ごとにバラバラで聴いても良いのですが、そういう理由からアルバムで聴くことがことさらに重要なラッパーだと思います。

ほかの解説記事でも言われているように「DAMN.」でも、二面性のある構成や、曲順を逆にして聴くことが想定されていた(これも二面性)など、アルバムで聴かれる前提のもと、緻密に計算されて作られています。

その中で私が一番気になったのは、最後の曲「DUCKWORTH.」のラストで、アルバムのイントロが流れて音声がリバースされることですね。

Good Kid, m.A.A.d Cityでも、ラストから冒頭に戻る演出が仕込まれています。そしてTo Pimp A Butterflyでは直接的なリバースではありませんが、最後に辿り着いた2PACとの会話の場で、2PACは最後の問いに答えることなく消えてしまいますね。つまり再び苦悩と葛藤の日々に引き戻される、ということを感じます。

結局、ひとつの答えらしきものにたどり着いてもまた振り出しに戻る。そして苦悩や葛藤は繰り返し続く。答えは出ない。そういったカルマ思考がケンドリックの認識なのだと思います。

ただ!見逃せないのはDUCKWORTH.にある「Reverse The Manifest and Good Karma」という一言です。定められた運命をリバースさせ、良いカルマを招き入れる、つまりこの繰り返しを逆転させて脱出しようという意思も見せているのです。

良い行いによってそれが可能になる。俺自身が何よりの証拠でしょ? 父(ダックワース)は自らの行いによって、自分を殺していたかもしれないトップ・ドーグと20年後に邂逅を果たし、ケンドリック・ラマーという最高のラッパーを送り出したんだぜ、と。(しかしここで楽曲は冒頭の「BLOOD.」にリバースする。つまりケンドリックが老婆に撃たれて死ぬというシーンに戻ってしまう…というケンドリックらしいオチがつけられているのですが)

 

なぜ、ケンドリック・ラマーはすごいのか〜おわりに〜

それにしても本質を捉えブレずに一貫して1つのメッセージを伝える意思の強さ、場当たりではなく先を見据えたプランニング力、俯瞰でモノを見る視点の抱負さ…まるで経営者ですね。起業家精神を説くヒップホップにまさにピッタリ。

まあ、ここまで聴きこんだらケンドリック・ラマーすげえなって話にスムーズに着地しました。

ラップスキルとかボースティングぶりってところではなく、優しさとか愛が深い人だなと。自分自身を愛する、世界中の同胞を愛する、地元も愛する。だからこそ人々の共感を得ているのでしょう。

もちろん彼の成功や評価は、トレイヴォン・マーティン少年が射殺された事件に端を発するブラック・ライヴズ・マターやトランプ政権の誕生などの社会情勢が、適切な言い方かは微妙ですが「追い風」になったことも事実でしょう。

また、楽曲のダウンロード販売が浸透してきた頃は「アルバムではなくシングルで聴く時代」と言われていたのが、あっという間にサブスクリプション(定額聴き放題)が台頭してアーティスト側も再びアルバム作りに意識を戻した感があります。

このように再び「アルバムで聴く」文化が陽の目を見たことも、彼の作品性には大変ポジティブに働いたことでしょう。最近では「ストリーミングで聴きやすいアルバム作り」を意識してか、曲数や収録時間を抑えてコンパクトにまとめられた作品も増えてきた気がします。

それはこの「DAMN.」でも、全体を通して14曲55分と聴きやすいサイズにまとめられているほか、前2作にあったような10分超えの曲もありません(FEAR.は少々長いですが、それでも全然聴ける)。

そういう要因はあるにせよ、強い独自性をもってラップの新しい世界を拓いた人なんだなというのはよーく分かりました。哲学好きな方とか心理学好きな方とかも聴くと楽しめるんじゃないでしょうか?顔も怖くないし、ヒップホップのステレオタイプからもやや距離のある感じでいいと思います。

 

というわけで全3回、大変長くなってしまいましたが読んでいただきありがとうございます。最後に宣伝なんですけど、わたしジェイムズ・ブラウンをサンプリングした漫画を描いているのでぜひついでに読んでってください。ケンドリック・ラマーもJBはサンプリングしてますからね!

 

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JAY

JAY

1984年生まれのファンク・マンガ・ライター。ソウルの帝王ジェイムズ・ブラウンを元にした「ファンキー社長」をはじめ、ファンク・ヒップホップをサンプリングした4コママンガを描き続けています。漫画アクションで「ファッキンJAYのマイルド・スタイル」を連載中。

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