こんにちは、JAY(@f__kinjay)です。ソウルの帝王ジェイムズ・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」を描いています。

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前回(↓)に続いて、ケンドリック・ラマーがなぜすごいのか、よく分かっていない私自身がそれを理解するために調べたり考えたりしたことをまとめています。

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なぜ、ケンドリック・ラマーはすごいのか【1】代表曲・名曲を通して解説
こんにちは、JAY(@f__kinjay)です。ソウルの帝王ジェイムズ・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」を描いています。フ...
今回取り上げるのは2015年リリース「To Pimp A Butterfly」。これは私が一番好きなアルバムです。
なんといってもソウル・ファンク・ジャズに接近した音作りで、これがまたケンドリックのフローにバチっとフィットしていて強烈にかっこいい。そして前作と同じく「良い子」としてたくさんの問題に向き合っています。
それでは、長いですがご覧ください。
ハードな社会情勢の中でケンドリックに求められていた役割
ケンドリックがこのアルバムを制作していたであろう2014年は、アメリカのファーガソンで黒人男性が白人警官に殺され、それが法によって裁かれなかったことに端を発する「Black Lives Matter(黒人の命も大切)」というムーブメントが巻き起こった年です。
前作「Good Kid, m.A.A.d City」において、地元コンプトンで生まれ育つという現実と、それを死ぬような思いで引き受けレップ(Represent)する自分自身を表現したケンドリックには、それこそ「All Eyez On Me」って感じの注目が集まっていたでしょう。
それらを背景にリリースされた「To Pimp A Butterfly」は、そんな期待を凌駕する傑作中の傑作として2015年3月に世に放たれました。
前作のような時系列の要素は薄いのですが、外への感情(対社会・ポリティカル)と内側への感情(対個人・内省・コンシャス)という両面を通じて、自分自身(とアフロ・アメリカン)のアイデンティティを高らかに歌う、という構成になっており、最初から最後までが一つの筋に沿って作られています。
そしてこのアルバムでは、各曲(全曲ではないですが)の最後で「ひとつの詩」が詠まれます。詩は序盤から終盤にかけて少しずつ加筆されていき、最後に完成する…という仕掛けになっています。しかも、加筆される内容はそれぞれの曲と内容がつながっている!
この仕掛けが意味するところは、後半で述べます(私見ですが)。では、各曲みていきましょう。
アルバムの幕開けとなる1曲め「Wesley’s Theory」。俳優ウェズリー・スナイプスを例に挙げ、成功した黒人が国のシステムによって足元をすくわれることへの怒りと警鐘を、FUNK博士ジョージ・クリントンを招いてぶちまけます。
2曲め「For Free?(Interlude)ではテラス・マーティンによるグルーヴ満点なジャズに、アメリカをビッチに見立てた攻撃的なラップを乗せて社会を痛烈に批判。
そして続く「King Kunta」、クンタというのはもちろんアレックス・ヘイリーの小説「ルーツ」(テレビドラマもあります)の主人公クンタ・キンテからですね。黒人の奴隷史と現状とを重ね合わせて自分自身をキングと称する力強い曲です。
…と、このように序盤では、自分自身のことよりも社会(外部)に向けてメッセージを投げかける内容になっています。
こうした構成になっていることは、当時のアメリカの状況に少なからず影響を受けているのではないでしょうか。彼が社会を批判することやアフロ・アメリカンのリーダーの一人となることを周囲は期待していて、彼はそれに応えようとしたのかなと。もちろんアルバムの全体像は崩さずに。
弱さや醜さを出し切る内省的な展開
4曲め「Institutionalized」から少し雰囲気が変わります。制度化された現状の社会において人生を変えていくには努力が必要…フックではビラルが「ケツを拭かなきゃウンコは取れない」つまり、ちゃんとしなければ人生は変わらない、ということを歌っています。
外部に対してのメッセージではありますが、ケンドリックの個人的な経験に触れながら伝えている点で少し視点が身近になったように感じます。
5曲め「These Walls」はスムースでオシャレなトラックに乗せてますが、ウォールは女性器の隠喩になっているエロ歌詞です。ただし、単なる下ネタラップではありません。
前作「Good Kid, m.A.A.d City」で出てきた友人デイヴを殺した犯人の彼女を寝取ることによって、犯人に復讐する曲です。そしてベッドでの様子を、刑務所のウォール(壁)を通じて犯人に伝えようとするケンドリック。友人を殺された怒りから復讐の鬼と化しているのです。
ここで視点はケンドリック個人の内面へとシフトしていき、6曲めの「u」へと進みます。
「u」では、第三者の視点からケンドリックを責め立てる構成になっており、ケンドリックの自己嫌悪、後悔がこれでもかというほどに炸裂しています。
たとえ全米最高のラッパーになっても、友人も救えない、家族も救えない…そんな感情を、酒でベロベロになってホテルの清掃員が来ても出られないくらいの酩酊ぶりで表現しています。ラップする声もヘロヘロです。
そんな絶望の淵から続く次の曲は、前述の「Black Lives Matter」でもアンセムとなった7曲め「Alright」です。非常にポジティブな響きのある言葉ですが、「u」で地獄のような思いをしている状況からの「大丈夫」と考えるとどうでしょうか。崩れ落ちる寸前の自分に、必死に、言い聞かせるようにして振り絞った精一杯の言葉のように聞こえます。
この切迫した「大丈夫」こそ、「Black Lives Matter」で立ち上がったアフロ・アメリカンたちがリアルに共感できた言葉だったのだと思います。
次曲「For Sale?(Interlude)」は2曲めとタイトルが対比になっていますね。悪魔が魂を売るようそそのかしてくる曲です。「大丈夫」と言いながらも悪魔は常に耳元で囁いてきます。それを振り切ろうと、ケンドリックは暗い闇の中をただひた走るのです。
そしてたどり着いたのが9曲め「Momma」。これは母ちゃんのもとに帰ったという意味ではなく、母なる大地アフリカを示しているそうです。
2014年、ケンドリックは南アフリカへと旅に出ました。そしてネルソン・マンデラ元大統領が捕らえられていたロッベン島などを見て回ることで、重要なインスピレーションを得たと述べています。
この母なる大地の美しさ、そしてルーツを、どのようにしてコンプトンなどのゲトーに住む同胞たちに伝えることができるか。先祖から受け継いでいるはずの何かを、どのように代弁することができるか。その困難なチャレンジこそがケンドリック・ラマーのテーマの一つだったようです。それらが盛り込まれているのがこの「Momma」になります。
そして舞台はアフリカからコンプトンへ。ゲトーの日常的な風景を描いた「Hood Politics」では、まるで夢から現実へと引き戻されたような、力が抜けてしまうような感覚になってしまいます。
次曲「How Much A Dollar Cost」。「1ドルの対価」っていう曲名です。
これ南アフリカでホームレスにお金をせびられた話なんですが、酒臭くて汚いホームレスに対して「なんで俺の金を渡さにゃならんのや」と施しを断ったケンドリックに対し、「その1ドルこそ天国行きの対価…私は神だ」と正体を明かすホームレス…というオチのあるお話になっています。
アウトロでアイズレー・ブラザーズのロナルド・アイズレーが歌います。「間違いを正して、自分が変わる手伝いをしてほしい、次のページを開くために…」
12曲めは「Complexion(A Zulu Love)」。タイトルは肌の色を指します。肌の色にまつわるさまざまな理不尽をラップしますが、ここでは新進気鋭の女性ラッパー、ラプソディーをフィーチャー。著名人や有名ラッパーの名を巧みに織り交ぜながら、肌の色もギャングカラーも含めて「色は関係ない」と強く言ってのけます。
13曲め「The Blacker The Berry」ではブラックとしてのプライドを自嘲的、自虐的に表現。自らを「偽善者」として責めながらも、自尊心は内面から育まなければならないと自分たちの責任にも触れています。
いよいよ終盤に迫り、ケンドリックの葛藤が転換を迎えます。14曲め「You ain’t Gotta Lie(Mama said)」はケンドリックの母親からの言葉が主題となっています。アルバムの重要な局面で親が出てくるのは前作と同様ですね。
「嘘言わなくていい。母ちゃんは分かってる」そういうオフクロ感が垣間見えます。
その言葉を受けて、ケンドリックは自分自身がコンプレックスのカタマリであることを吐露し、すでに「These Walls」や「u」でもさらけ出した自分自身の姿(弱さ・醜さ)を改めて表明し、自らそれを受け入れる準備をしています。
そうしてこのアルバムのクライマックス、15曲目の「i」へと続くのです。
出した答えは「愛」
「i」は、このアルバムの中で最高にポジティブなバイブスに満ちた曲でしょう。ラップもイキイキと弾んでいますし、アイズレー使いのトラックもグルーヴィかつソウルフルですね。
ここでケンドリックは過去の後悔や葛藤、自己嫌悪、コンプレックスなどの負の感情、そしてアメリカ社会に対する怒りや批判という、アルバム全体を通して言い表してきた全てに対して、ある答えを見出すのです。
それは、自分自身を愛する、ということでした。
弱さも醜さも苦しさもすべて自分なのです。それを受け入れ、愛するのだと。
この「ありのままの自分への愛(自尊心)」は前回記事で取り上げた「Good Kid, m.A.A.d City」でケンドリックがたどり着いた答えと同じです。
つまりこれはケンドリックの中に通底する、個人や社会を超えた本質的な価値観であるということ、ケンドリックが最も伝えたいことなんだろうと思います。
目が覚めるような思いになりますね。そして曲の最後に長いアカペララップで「自分自身がいま最もリアルなアフロ・アメリカンだ」と表明すると、最終曲の「Mortal Man」へ。
重く、少しモヤがかかったようなトラックでケンドリックはアフリカ旅行で得たマンデラのインスピレーションを伝えつつ、「俺がどんなことになってもファンでいろよ」と語りかけてきます。これは彼の弱さの露呈でもありますが、先程の「i」を踏まえると、ケンドリックはそれを受け入れているので決して卑屈なのではない、といえるのではないでしょうか。
アルバムを通じて徐々に行が追加されていく詩は、ここで完成。詩の完成=ケンドリックのアイデンティティ(自己)の確立と重ねることができると思います。
そしてその詩は、曲の最後で2Pacへと手渡されるのです。
2Pac?? そう、2Pacです。
2Pacはケンドリック・ラマーにとって特別な存在で、多大な影響を受けていることも公言しています。当初はアルバムを「Tu Pimp A Caterpillar」…頭文字を取ると「TuPAC」になる!というタイトルにしようとしていたほどです。
その2Pacの既存の音声を使用し、自分の言葉を挟むことによって擬似的に会話しているように仕立てたのです(このアイデアよ…!)。
ちなみにこの会話の中でケンドリックは「To Pimp A Butterfly」…蝶を搾取する、というタイトルの意味にも触れています。たぶん英語歌詞を和訳ツールにぶちこむだけでも大意はつかめる気がするので、ぜひやってみてください。
で、この「死ぬ運命にある人」という意味の「Mortal Man」。それはつまり2Pac、そしてキング牧師やマルコムXなど同胞のために戦い命を落としたリーダーたちと自分をなぞらえているのではないでしょうか。
ケンドリックは2Pacに「おれは死ぬ運命にある人じゃない。たぶん単なるパンピーさ」と言ってはいるものの、強い希死念慮や「25歳までに死ぬ」ゲトーで育ったことから、死を極めて身近に感じているケンドリックは、大きな影響力を持ってしまった自分自身がモータル・マンであることを感じずにはいられないのでは(あるいは死への恐怖から自分はモータル・マンではないと言ったのかも)。
しかし、それにしてもなんでケンドリックは、最後に2Pacとの会話でアルバムをシメたのでしょう?
うーーん。推測ですが、そうやって次のページを開けた自分だから、2Pacとも同じステージで会話できるんだぜ!ということを示しているのでしょうか。
2Pacは、映画「All Eyez On Me」とかでも描かれているとおりブラックパンサー党員を母に持ち、幼い頃からプロ・ブラックとしての教育を受けてきました。
ゆえにサグなギャングスタラッパーとして東西抗争に巻き込まれるより以前は、アフロ・アメリカンのリーダーとして同胞たちを導きたいという思いもあったそうです(抗争後も気持ちはあったのかも)。
そういう、同じ地元のラッパー(正確には2Pacは地元じゃないですが)としてスキルでもカリスマ性でもアフロ・アフリカンとしても他とは一線を画した存在だった2Pacに、自分の闘争の証である詩を届けることで、その域までようやくたどり着いたぜ…ということを表現したのではないでしょうか。
しかしながら会話の最後、ケンドリックが投げかけた問いに答えることなく2Pacは姿を消してしまいます。それは「たどり着いたと思ったけど、まだ届かない…」という暗喩なのかもしれません。彼の葛藤はまだ続くということを示唆しているようでもあります。
To Pimp A Butterflyまで聴いて感じたケンドリックのすごさ
…というわけで!
全曲についてこうして述べていかないとその素晴らしさを伝え漏らしてしまうケンドリック・ラマーの超傑作「To Pimp A Butterfly」でした。
楽曲は前述のテラス・マーティン(この人のソロも最高!)が多くをプロデュースしているほか、ナレッジ(最高!)、サンダーキャット(この人のソロも良かったですよね!)、ビラル(ソウルを拡張するやばい人!)、フライング・ロータス(あんま好きじゃない…)、そしてアイズレーやジョージ・クリントンなどの大御所、新人ラプソディーなどなど…、メンツもジャズ、ソウル、ヒップホップとボーダレスに融合していて、重いテーマでありながらも楽しませてくれます。
そして当時のグラミー賞では5部門で受賞するという栄光を勝ち取り、その受賞パフォーマンスでは奴隷制批判とアフリカ回帰を直接的に描いた痛烈さで物議を醸すなど、大きな話題となりました。
とまあ色々あるのですけれど、ここまで聴いて思ったのはケンドリックのすごさって人々の共感を呼ぶ弱さのさらけ出し方なんじゃないかなあと思いました。だって、友達の復讐をしようとしたり人をラップで傷つけたことを後悔したり友達を救えなかったことで自己嫌悪になったり…程度の差はあれ、誰しもそれくらいのネガティブさを内面にはらんで生きていと思うからです。
それにアルバムの主題となった「自尊心」は、決して奇抜ではなく、ごくありふれていて多くの人に響くテーマです。そして、自尊心を得るに至るまでの徹底的な弱さの描写や、社会・個人の両面から描くような巧みな設計、詩を作り上げていくことや2Pacとの会話などでアルバムの中での一応のゴールを描き切る作家性など、そのアイデアと構成力が並外れているんでしょうね。
でもやっぱりこういうの、日本語訳を丁寧にやって、解説とかインタビューもけっこう読み込まないと分かんないぜよ〜〜、とも思いますけどね!むつかしいんですよね。分かると最高に気持ちいいんですけど。
次回は「なぜケンドリック・ラマーはすごいのか」最終回です。2017年の話題をかっさらったアルバム「DAMN.」を取り上げ、すごさの理由を探っていきます。

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