ファンキー社長

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JAY、アメリカ南部を走る!【5】さらば、南部よ

      2015/11/07

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「ファンキー社長」の作者JAYがアメリカ南部を長短期で走る! 旅日記もついに最終回。

 

 

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旅の最後の目的地、オーガスタ。ジェームス・ブラウン氏の育ったこの街で、彼のバンドにも在籍していた白人ギタリスト、キース・ジェンキンスに会えるのか。読了時間、およそ10分! 長いので、時間があるときにゆるりと御覧ください。

 

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ゴルフの聖地でありド田舎でもあるオーガスタの街

 

目が醒めると、バスはオーガスタの街に入ったところだった。

 

 

 

9月21日。この日は、私の南部旅行最終日である。翌22日の午前2時に再び夜行バスでアトランタ空港へ向かい、この旅はおしまいだ。

 

 

 

外は曇り空。午前11時ごろにバス停に到着したので、ここから翌2時までの約15時間が、私の最後の活動時間となる。

 

 

 

さっそくだが、私は驚きを隠せなかった。

 

オーガスタのバス停

 

 

バス停の建屋は、他の都市と比べ同じ会社と思えないくらい古ぼけていた。

 

 

 

「田舎とは聞いていたが、かなりのものかもしれない…」

 

 

 

高層マンションやホテルなどはどこにもない。教会が唯一大きな建物だ。

 

 

田舎オーガスタ

 

 

例えるならアトランタは新宿、メンフィスは渋谷、そしてここオーガスタは、ちょいと離れて西東京みたいな感じだった。

 

 

 

タクシーなど、どこにも走ってない。

 

 

 

そのかわり、怖い感じの人も全然いない。治安は良好そうだった。

 

 

さすがはオーガスタ、ジェームス・ブラウンゆかりの地!

 

 

まずは向かったのは、ジェームス・ブラウン大通り。彼の死後、その功績を称えてこの名が付けられたという。

 

ジェームス・ブラウン大通り

 

あった。

 

 

 

続いて、ジェームス・ブラウン・スタチュー(銅像)。

 

ジェームス・ブラウン像

 

あった。

 

 

 

次は、ジェームス・ブラウンの葬儀が行われたという、ジェームス・ブラウン・アリーナ。

 

ジェームス・ブラウン・アリーナ。ジェームス・ブラウンの葬儀が行われた

ジェームス・ブラウン・アリーナ。ジェームス・ブラウンについて

 

 

あった。

 

 

 

中に入ろうとしたが、ドア開かず。係の人間がやってきたので「ここに何かジェームス・ブラウン氏に関する展示はないか」と聞くと、「Nothing(何もない)」との冷酷な回答。

 

 

 

続いて、ジェームス・ブラウン氏がラリって銃を乱射しカーチェイスの末に逮捕されたと言われるサウスカロライナ州との境の橋を見に行った。

 

ジェームス・ブラウンが逮捕されたと思われる橋

 

あった。たぶん、写真の奥に見える橋である。

 

 

 

お次。オーガスタ歴史博物館。

 

オーガスタ歴史博物館。ジェームス・ブラウンの衣装の展示も

 

あった。

 

 

ここにはなんと、ジェームス・ブラウン氏が生前着用したという衣装、レコードの原盤など貴重な資料が展示されている。

 

 

 

しかし、その日は展示室は休みだった。月〜水は休みなので、オーガスタに行く方は注意されたい。

 

 

 

ただ、実は私はそれを承知していた。だが、未だ連絡がつかぬキースに会うために、私はこの展示場への訪問を諦めたのだ。

 

 

 

しかし、まあせっかく来たのだし。試しに館の扉を押してみる。

 

 

 

・・・開いた。

 

 

 

館内にはエアコンがガンガン。奥で売店だけが営業していた。

 

 

 

何かグッズがあるかも! そう期待して入店したところ・・・

 

 

 

何もない。見事に、何もないのである。あるのはゴルフ関連の土産ばかり(オーガスタはゴルフの名門)。本当に、ただの一品たりとも、ジェームス・ブラウン氏に関わるグッズは無かった。

 

 

 

レジのおばちゃんに声をかけてみる。

 

 

 

「ジェームス・ブラウン氏の展示を見にはるばる日本から来た。展示場には入れないかな?」

 

 

 

「それは無理ね。またいつかオーガスタにいらっしゃい

 

 

 

「ジェームス・ブラウン・バンドのキースさんに会いに来たんだけど。彼と連絡を取ってて・・・」

 

 

 

「わーお! そうなの。でも展示場には入れないわ。ところで、日本からの土産は無いの?

 

 

 

なんと、展示場へ入るために媚を売っていたはずがいつの間にか逆に土産をせびられる展開となっていた。

 

 

 

ひとまず「ファンキー社長」のマンガを渡すと、「クゥーール!!」と喜んでくれたので、持ってきた分をドサっと渡してきた。ぜひ来訪者たちに配っておいていただきたいものだ。

 

後ろに見えるのはジェームス・ブラウンフィギア

私の後ろにはちらっと「歌うジェームス・ブラウン人形」が置いてある。

 

 

 

 

 

結局、展示室に入ることはかなわなかった。相手は売店のおばちゃん、当然である。

 

 

 

 

壮絶なまでのヒマさ。酒に溺れるほかなく、時は過ぎ行く・・・

 

 

さて、時計を見ると13時。お昼どきである。

 

 

 

活動限界まで残り13時間。キースからは一向に連絡がない。

 

 

 

 

いや、それより何より深刻だったのは、恐るべきオーガスタのヒマさであった。

 

 

 

「まじで、することがない・・・」

 

 

 

とにかく、田舎なのである。そして、観光スポットなどが軒並み閉館している。見知らぬ土地に投げ出された私は、ひたすら「ここがジェームス・ブラウン氏の育った土地なんだ・・・」という感慨にふけるしか、することがなかった。

 

ジェームス・ブラウン・・・なのか?

 

 

 

程なくしてゲリラな雨に見舞われたので、泣きつくような心地で近くのバーに入った。

 

 

 

素晴らしいことに、オーガスタは昼から飲める店が割と充実していた。

 

 

 

キースからも連絡なく、圧倒的なヒマさに打ちのめされた私はヤケクソにウイスキーをあおる。

 

 

酒!飲まずにはいられないッ

酒! 飲まずにはいられないッ! 2杯目以降は安くなるというから、さらにグラスが進むではないか。

 

 

 

店は夜までやってるというので、飲みまくった。うん、うまいぞ!

 

 

 

そして、夕方。時刻は19時ほど(実に7時間近く飲んでいたのか)。

 

 

 

下記の地図のとおり、行きたいところを行き尽くした私は、ジェームス・ブラウン氏が行きつけだったというステーキハウス「T-ボーン・ステーキハウス」に行くことにした。

 

 

オーガスタ地図

 

 

ダウンタウンからはけっこう距離がある。バス停に戻り、タクシーを呼んでもらった。

 

 

 

 

酔い覚ましに外で風を受けながらタクシーを待っているところ。

 

 

 

「ポン」と、メールの受信音が鳴った。

 

 

 

何の気なしに(というか酩酊していて思考が停まっていた)携帯を覗いてみると・・・

 

 

 

なんと! 差出人は、キース・ジェンキンス!!

 

 

キースからのメールで、ハンバーガーを鬼の一気食い!

 

 

「今日、20時からメトロカフェでライブをやるから、よかったらおいで」

 

 

 

彼の指定してきた「メトロカフェ」は、先刻まで私が飲み散らかしていたバーのすぐそばにあった。

 

 

 

しかし時刻は19時。私はすでにタクシーを手配していた。ステーキハウスまで車で20分、そこからメシを食って戻ると・・・ええい、ギリギリではないか。

 

 

 

タクシーに乗って、T-ボーン・ステーキハウスに到着。この店の奥のテーブルに、ジェームス・ブラウン氏はいつも座っていたらしい。サイン付きのTシャツなどが飾られていた。

 

ここにもジェームス・ブラウン!

IMG_5510

ジェームス・ブラウンのT!

ジェームス・ブラウンのサイン

ジェームス・ブラウンのブース

 

せっかくだしジェームス・ブラウン氏もほおばったであろうTボーンステーキを1ポンドたいらげたかったのだが、時計はすでに19時半を指していた。これはあかんということで、ハンバーガーを一つだけ頼み、それを鬼の形相で喰らい尽くしたのであった。

 

 

そして、キースと合流。敗北感も消し飛ぶ、至上のもてなし

 

 

待たせていたタクシーに乗り、急いでメトロカフェへ。

 

 

 

時刻は20時ちょうど。よかった、まだライブは始まっていない。

 

 

 

まずはカウンターで一杯飲むことにした。

 

 

 

すると突然、私の肩を叩いて話しかけてきた者があった。

 

 

 

「ねえねえ! キミ、昼間そこのバーで飲んでたでしょ?」

 

 

 

なんと、彼が発したのは日本語であった。

 

 

 

「!? は、はい、飲んでました!」

 

 

思わず日本語で返す。

 

 

 

「そのバーと、このメトロカフェはさ、どっちも俺の店なんだよ〜!!」

 

 

 

「俺はケニー、日本人とのハーフで9歳まで札幌に住んでたんだ! JAY、今日はキースのライブを見に来たんでしょ? キースから話は聞いてるよ〜」

 

ケニー・キクチ

 

なんと! 私が昼間に絶望の淵で酒をあおったあのバーは、この日本人ハーフのケニーがオーナーを務める店だったというのだ。なんと数奇な運命であろう。

 

 

 

「今日、JAYは特別なお客さんだからさ。好きなだけ、お酒飲んでっていいからね!

 

 

 

そう言って彼はバーカウンターの店員に私を紹介し、酒を振る舞うように指示した。

 

 

 

代わる代わる自己紹介をしてくれる、ケニーの友人たち。

 

 

 

「俺の嫁さんは日本人なんだぜ!」「ジェームス・ブラウンが好きで来たんだって? なんてクレイジーなんだ!」「あっちの店にも連れてくよ、ジェームス・ブラウンのために作られたバーがあるんだ」

 

 

 

次々と、心温まる言葉をかけてくれる。そしてその友人たちの向こう側に、ギターを持って歩いてくる人影。

 

 

 

「キース!!」

 

 

 

キースは口元にわずかな笑みを浮かべて、握手をしてくれた。

 

 

 

「よく来たなァ、とりあえず乾杯しようぜ」

 

 

オリジナル・ジェームス・ブラウン・バンドのキース

 

 

ようやく会うことができた。これまでの疲れや敗北感もすべて報われたように思えた。

 

 

 

そしてバーカウンターに連れられる。

 

ジェームス・ブラウン・バンドのギター

ファンキー社長04

 

 

キースは酔っていた。

 

 

 

「まだライブまで少し時間あるから、こいつらと一緒に『ソウル・バー』へ行って来いよ」

 

 

 

先ほどの友人たちによる案内で、メトロカフェから歩いてすぐのところにある『ソウル・バー』へ。ここは、ジェームス・ブラウンに捧ぐというコンセプトで作られたバーだそうだ。

 

 

写真 2015-09-21 21 29 21

 

ソウルバー

 

「俺はここでJBとビリヤードやったことあるぜ!」

 

 

 

「飲んでると、歌ってくれたりもしたよ」

 

 

 

なんともまあ、地元ならではの羨ましい話ではないか。

 

 

 

しかし、この連中。見れば見るほどに「この街のイケてるコミュニティ」感がジワジワと感じられる。男女別け隔てなく仲良くし、オシャレや音楽に身をやつし、ちょいと悪さもするけど道は踏み外さない、翌日が仕事ならば無理せずほどほどで退散・・・という、よくできた感じのオトナって雰囲気だ。

 

 

 

なんて思いつつ店内を見渡したところで、そろそろキースのライブが始まるというのでメトロカフェへ戻った。

 

 

旅の最後のO・Mo・Te・Na・Shit!

 

 

 

店では、キースのバンドがステージに立っていた。

 

 

これ、なんという曲であったか・・・有名な曲なのに思い出せない。

 

 

 

「今日は、日本からトモダチが来てくれた! ジェームス・ブラウンのマンガを描いてる、JAYだ!」

 

 

 

ステージから紹介してくれた。

 

 

そして、この一曲!

 

 

 

あ、ありがたや〜〜。周りを見ると客はほとんど白人。セックス・マシーンのあとは音楽のジャンルもロック寄りに。そうか、わざわざ私に合わせて演奏してくれたのか。

 

 

 

演奏を終えたキースに声をかけ、ちょっと話してみた。

 

 

 

しかし・・・なぜか全然言葉が通じず、何を言っても聞き返されるだけだった。

 

 

 

キースも私もかなり酩酊していたので、脳が働いていなかったのかもしれない。

 

 

 

インタビューがうまくいかず残念だったが、それもまたよしと酒を飲んでワイワイ騒いでいるうちに、時刻は深夜の1時を回っていた。

 

 

 

「明日仕事だからそろそろ!」と、いつの間にか友人たちもいなくなった。オーナーのケニーも、イカツイ男と何やら真剣な顔で話し込んでいる。

 

 

 

バスの時間が近かったので、ここでおいとますことにした。キースとケニーに挨拶をし、千鳥足でバス停へ。

 

 

 

旅は終わり、帰国の途に

 

 

バスは無事に出発し、夜明け前にアトランタへ到着、そのまま空港へ向かう。

 

 

 

2日にわたる車中泊で、かなりの体臭と口臭。皮膚も髪もアブラまみれで、満身創痍だった。

 

 

 

帰国の飛行機の中では、ずっと寝ていたように思う。あまり覚えていない。

 

 

 

わずか4泊であったが、異様に濃厚だった。そして旅の目的は概ね果たすことができ、敗北感も多くあったが満足感も強かった。

 

 

 

ここでは書かなかったが、実際に南部という地域を見るとさまざまな現実が目に映った。またどこかで機会を改めて、書き綴りたい。

 

 

 

というわけで、長きに渡る旅日記はこれにて終幕。またこのような機会があることを願いつつ、マンガを描くために引き続き筆を取るJAYなのであった。

 

 

 

おしまい

 

 

 

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