ファンキー社長

ソウルの帝王ジェームス・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」のホームページです。気ままに更新中

JAY、アメリカ南部を走る!【1】旅支度・初日

      2016/06/17

Pocket

 

 

「そうだ、南部行こう」

 

 

まさに思いつき。

 

 

しかし、それほどまでに、ミスター・ブラウン〜ソウルの帝王ジェームス・ブラウン〜の育った地でその風に触れてみたいという願望が私の中で強くなっていた、ということではないだろうか。うむ、きっと、そうだ。

 

 

読むのも億劫なくらいに長い旅行記、全4〜5回で書いていきます。少しでもソウルの風を感じてもらえたら幸甚限りなし!

 

スポンサーリンク

 

オーガスタの風が恋しくて…せっせと始める旅支度

 

ファンキー社長はジョージア州オーガスタで育った

ジェームス・ブラウンが育ち、活動の拠点となったジョージア州オーガスタ。ここには、彼を称えるモニュメントがちょいちょい佇んでいる。

 

 

旅を思い立ったのは6月。まだまだ飛行機の残席には余裕あり、さっそくネットでチケットを確保した。アトランタへの直行便(デルタ航空)、往復で15万円。シルバーウィークだったけれど、これが相場に比して高いのかどうかは判然としない。

 

 

 

せっかくなので、旅に出る前に済ませておいたことをカンタンに書いておこう。

 

 

まずはwifiレンタルの予約。ネット依存症の私にはこれは欠かせなかった。こちらは6日間で7500円。当日、成田のカウンターで受け取れる楽ちん仕様。

 

 

 

それと、海外旅行保険にも加入した。保険のことは皆目無知なので、検索で適当に引っかかった損保ジャパンの「Off!」というサービスを利用。細かいことはわからないけど、こんな内容。

 

損保ジャパン日本興亜 新・海外旅行保険【off!】

 

 

思えば、そのくらいしか準備はしてない。あとはせいぜい、旅先の土地や行き方を調べたり、向こうで使う名刺をシコシコと制作したり、そんなもんだった。

 

 

デルタ航空の直行便で半日のフライト

 

ろくに準備もせぬまま日々のトゥ・ドゥに流されているうちに訪れてしまった出発日の9月18日(金)。お金は、空港の両替窓口で30,000円をドルに交換した。レートは122円/ドルという極悪レート。エーン。

 

 

 

デルタ航空のDL094便は16時25分、成田を発つ。約12時間のフライトを経て、アトランタには同日9月18日(金)15時30分、すなわち出発時刻とほぼ同時刻に着くという。なるほど、てことは搭乗時間の12時間は、私の時計には刻まれない、存在しない時間なのだなあ。時差の妙を感じた。

 

デルタ航空の機内食・ビーフ

 

デルタ航空のサービスは日本の航空会社と比べ遜色なし。チキン・オア・ビーフと聞かれたので「ビーフ」と答えたのだけど、上記の写真のビーフの底にはあっと驚くほどにポテトが敷き詰められていた。これがデルタ航空クオリティ! イモ好きの私には悶絶を避けられない。

 

 

 

デルタ航空、さらにナイスなポイントは映画が充実していることだった。 新作・旧作ともけっこう揃っていて、割と黒人メインの映画も多かったのが高まるではないか(字幕は無し)。カラー・パープルやドゥ・ザ・ライト・シングなども久しぶりに見ることができてよかった。もちろん何を喋っているかは全くわからなかったが。

 

デルタ航空でアトランタへ。映画が充実!Get on upも

『Get On Up(ジェームス・ブラウン〜最高の魂をもつ男〜)』もラインナップに。もちろん鑑賞。なんと、劇中での1コマ、ベトナム慰問時の飛行機撃墜シーンはカットされていた! 細かな配慮があるものだ。

 

デルタ航空の機内イヤホンはビルボード

そしてイヤホンはビルボード。なかなか素敵なもてなしだが、音質はもちろんカスすぎて楽しめたもんではなかった。

 

 

エコノミー症候群寸前の肉体は狭い空間でしきりに身悶えを繰り返していた。かくして、予定より早めの15時頃に、アトランタ国際空港に到着した。

 

 

オリンピックよりサウスヒップホップのイメージ。そんなアトランタで夕食を

 

着陸前の機内にて、2008年以降にESTA(アメリカ独自の簡易ビザみたいなもん)によって入国した経歴のある者は入国カード不要なのよ、ということをCAさんに言われたのでパスポートのみで入国しようとしたところ入管で「アホかお前は」ぐらいの対応をされ、列の最後尾に戻される悲劇。悔しい! ビクンビクン。

 

 

 

結局、入国審査に1時間以上かかった。

 

アトランタは世界最大級のハーツフィールド空港

 

その間に調べてわかったのだが、予約してたホテルは電車で行くには不便なところにあった。こりゃあしんどい、諦めの早い私は早々にタクシー乗り場へ。

 

 

 

ドライバーのアイリビさんはアルジェリア人だそうな。日本人を乗せるのは初めてだが、日本はトヨタ、日産などクオリティの高い製品を作ってくれるから大好きだと言ってくれた。

 

 

 

祖国の政情不安のために、アメリカでもう20年以上を過ごしているのだそう。大変に陽気な人で、身じろぎするほどのオーバーアクションの彼だが、祖国を語る目は真剣だった。「いつか必ず帰りたい。俺の故郷だからね」

 

 

 

タクシーを降りると驚いたのは請求。乗車時間20分ほどで、チップを入れて35ドル(4200円ほど)くらいだった。日本でレクサスLSの個人タクシーに乗ったときになぜかぐんぐんとメーターが伸び、割に合わぬ請求をされたときと同じくらいの金額でかなり高かったが、空港の乗り場だし白タクではない、もちろんレクサスでもない。空港チャージもあるのかなと思って、素直に支払った。

 

 

 

ホテルにて、翌日以降の予定を練り練り。実はこの旅、ざっくりした目的だけはあったものの行程は全く決めていなかったのだ。

 

 

 

眠気と闘いながら立てた旅程はこちら。

 

南部

わかりづらい!

 

ざっくり言うと、アトランタからまずオーガスタへ行き、そこからバーミングハムを経由してメンフィスに。そしてアトランタに戻る・・・といった旅程。

 

 

 

もろもろ済ませた頃には20時近くになり、日は沈みかけ。さてと食事を取るために街に出ることにした。エレベータでシェフに会い、「ソウル・フードなら1階のレストランで出すから来いよ!」と言われたけど、街に出たかったので適当に流してしまった。ソーリー。

 

 

 

フロントでタクシーを呼んでもらった。外で待つものの、20分ほど待っても一向に現れない! せっかくだし歩くかと、徒歩にて最寄り駅まで行くことにした。

 

 

 

近くは大学などもあって、治安は大丈夫だと思ってたけど、実際に歩いてみると歩行者はほぼ絶無で街灯も少なく、また歩道の舗装があまりされていなかったりでけっこう不安なものだった。

 

 

 

浮浪者と思われる方々もけっこうフラフラしていて、声をかけられるたびに臆病な私はビクッと肩をすくませた! しかしいずれも「駅でしょ?あっちだよ」といった具合の親切で、いちいち警戒することもなかった。これがサザン・ホスピタリティ(南部のおもてなし)であるなと感じながら駅へ向かう。

 

 

 

20分少々歩いたところで、Garnett駅に到着。

 

アトランタ移動地図

 

アトランタの鉄道は「MARTA」と呼ばれている。MARTAの乗車は、ICカードを購入してチャージし、それを改札口にピっと当てる仕組み(SUICA的Thing!)。エリア内は一律2.5ドルで行けるもようで、多用するなら1Dayパスとか1Monthパスとかがある。

 

アトランタを走る鉄道網「MARTA」の乗車カード。SUICA的Thing

 

で、まずは中心街と言われているfive-Point駅で降りてみた。外に出ると…大きなオフィスビルが立ち並んでいるのに、薄暗く不穏な印象。私が南部の主要都市に抱いていた賑やかなイメージは音もなく崩れ去った。

 

 

 

適当な店に入ろうと思っていたのに、店自体がない。なんか、マクドナルドとかTeriyaki屋みたいなファストフードだけで、酒も飲めそうにない。もちろん写真を撮る気にもならない。

 

 

 

なんということだろう。ニューヨークみたいなのを想像してたので、けっこう呆気に取られてしまった。と同時に、旅行者丸出しの格好で日の落ちた路地をフラフラ歩くことに恐怖! 周囲を見るとトロンとした表情であてもなく彷徨う人々も次第に増えてきたではないか。

 

 

 

結局、駅周辺をぐるっと回ったものの目ぼしいものはなく、隣のPeachtree Centerという駅に移動することに。これ一発で2.5ドルかかるわけだから、交通費はハンパじゃござりませぬ。1Dayパスをさっさと買っておけばよかった。

 

 

 

さて突然だが、ボディコンシャスな服装の女性店員たちがガールズバー未満ぐらいの接客でお出迎えしてくれるダイニングバー「フーターズ」、ご存じだろうか? 最近日本にも進出してきて話題になってたが、なんとここアトランタの発祥なのだそうで(すでに日本には水着居酒屋やパンチラ居酒屋があったため、衝撃度は低かったもよう。さすがHENTAIの国!)。その第1号店が駅前にあるというもんだから見に行ってみた。もちろん、遅くまで開いてるし酒も飲めるという思いもあった。

 

 

 

で、店内。・・・なんか思ってたのと雰囲気ちがった。アメフトやってて、みんなそれ見てる。女の子との会話を楽しんでいる客は絶無。割と静やかなものだった。

 

hooters

 

頼んだのはチキン・ウイングス。15種類ものスパイスから選べるということで、とりあえずケイジャンをチョイス。あとはクルクルポテトと、ビールも。

 

フーターズの肉!

 

ビールはローカルビールで、銘柄はすっかり失念した。爽やかな甘味のある口当たりのよいビールで、鬼のようなサイズのジョッキで出てきたが、そこは酒好き日本人、無事に完飲。

 

 

 

これで25ドルくらい。安くはないが、プアな私の舌はこのジャンクな味にけっこう満足した。

 

 

 

200名ほどは入りそうな広大な店内に、まばらな客。そしてその層(年齢・人種)はさまざま。私が掛けたバーカウンターの隣では黒人男性のちょいナードっぽい感じの二人組が掛けてたけど、かなりオドオドしながら注文していた。

 

 

 

22時半くらいになったので、チェックプリーズ。帰りは流しのタクシーを拾う。

 

 

 

今回のドライバーはバングラデシュ人(ほんとに多様な人種がいる!)、話の冒頭でいきなり私の宗教を聞いてきた。

 

 

 

「我輩は神道だよ」というと「ホワット? ブッディストではないのか」と言われ、「ブッディストでもある。奇妙なことに、日本では2つの異なる宗教が混じっているのだ」と回答。彼は特に驚く様子はなかった。ここで小田実のごとくZENについて一席ぶってやりゃあよかったのだが、おあいにくさま巨大ジョッキを飲み干した私は酔と疲れで全然会話する気にならなかったのであった。

 

 

 

ホテルまで、なんと50ドル。なんと、マジであろうか。さすがにこの人は白タクだったかもしれぬ。ただ、昼間のタクシーに深夜割増(という制度があるかは知らんが)を考慮したら確かにそのくらいの金額にはなる距離だったので、素直に払った。この相場、ほんとどうなんだろう。

 

 

風雲急を告ぐ!JAY、キースがオーガスタで待っている!!

 

ホテルに着くと、事態を大きく変化させるメールが届いてけっこう驚いた。

 

 

 

メールの主は、かの男。

 

 

 

昨年末の大晦日と、そして8月のサマーソニック、およびビルボードライブに出演するために来日したオリジナル・ジェームス・ブラウン・バンドのギタリスト、キース・ジェンキンスその人であった。

 

 

 

そう、前回のビルボードライブの際に、縁あってジェームス・ブラウン・バンドの皆さんとお会いすることのできた私は、キースに声をかけ、9月に訪米する旨を伝えていたのだ(彼はオーガスタに住んでいる)。

 

 

 

彼はこう言った。「そりゃあいい、連絡先を教えとけ。おまえをジェームス・ブラウン・ツアーに連れ出してやるぜ」・・・そして、私に連絡先を授けてくれたのである。

 

 

ビルボードでマーサ・ハイと

ビルボードライブで皆さんに会った時。写真はJB楽団の大御所ディーヴァ、マーサ・ハイ。

 

 

それから1か月、今日このときまでキースから連絡はなかった。そう、私が旅程を全く立てられなかったのは、彼からの連絡を待っていたからだったのだ。

 

 

 

して、彼の返信はこうだった。

 

 

 

「JAY、お前は9/19にオーガスタに来るんだよな。残念なことに、おれは19はライブでフロリダに行ってる、9/20の晩にオーガスタに戻る予定だよ。もしお前がそのときまでオーガスタにいるなら、どうにか時間をつくれるようにするよ」

 

 

 

オー・マイ・ガーッ! 私がつい先程確定した予定はこれ!

 

南部

20はメンフィスにいる!!

 

 

 

はてさて・・・どないしょ・・・

 

 

 

まどろみの中で悩みながら、さまざまな旅程を検討・・・どうすれば、すべての目的を果たせるのか・・・

 

 

 

こうして立て直した予定はこれ。

 

map3

わかりづらい!

 

端的に言うと、まずメンフィスに行って、そこからオーガスタへ向かい、最後にアトランタに戻って帰国という流れ。

 

 

 

バーミングハムへの立ち寄りを泣く泣く諦めることにした。黒人差別の事実、そしてキング牧師、公民権運動・・・それら歴史を知る上で欠かせない重要な街なのだけど・・・。

 

 

 

これなら、21日の朝からオーガスタにいられる! その日の夜までにキースから連絡が来れば、いつでも会えるぞ。

 

 

 

しかし、すでにオーガスタ、バーミングハム、メンフィスなどすべてのバスは予約済みだ。変更しなくてはならない。どうすればいいか分からなかったので、とりあえず翌日バスステーションに行って相談しようと決めた。

 

 

 

オーガスタ行きのバスもメンフィス行きのバスも、発車は朝の8時ごろ。

 

 

 

予約変更の交渉において英語が聞き取れず「パードン? パードン?」などとバカのひとつ覚えを繰り返しているうちにバスが発車して去ってしまうリスクを考慮した場合、ホテルは7時には出ておきたい。

 

 

 

そういうわけで、早寝早起き元気な子と言わんばかりにがばっと布団をかぶり、わりと敗北感で満たされたサザン・トリップの第一日目は終了したのであった。

 

 

 

つづきはこちらから。グッゴ!

 

 

 

 - ファンキー・コラム