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アメリカ文学者大和田俊之氏トークショー(映画「ミスター・ダイナマイト」公開記念)

      2016/07/03

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去る2016年6月29日、渋谷アップリンクでの映画「ミスター・ダイナマイト:ファンクの帝王ジェームス・ブラウン」公開記念イベント第2弾として「​ジェームス・ブラウンはなぜニクソンを支持したのか?! ~JBと政治運動の“距離”~​」トークショーが開催されました。(第1弾はオーサカ=モノレール中田氏と在日ファンクハマケン氏)

 

ちょっと違った視点から見るJBの姿

 

今回のゲストは大和田俊之氏(慶應義塾大学教授・アメリカ文学/ポピュラー音楽研究)​。

2011年には「アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで」や「文化系のためのヒップホップ入門(長谷川町蔵さんとの共著)」を出版するなど、ジェームス・ブラウンのみならずアメリカ音楽、文化に非常に造詣の深い方です。

私が大和田さんの文章を初めて読んだのは、この記事でした。

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そう、ジェームス・ブラウンへの追悼の意も込めてレコード・コレクターズ増刊として発売された「レコードコレクターズ増刊 ジェイムズ・ブラウン 永遠のファンキー・プレジデント」です。

こちらで書かれている「セイ・イット・ラウドのアンビヴァレンス」という記事こそ、試写会も含めてすでに2回もこの映画を観に来ている私が3度目の観覧を決意するにいたった理由なのです。

簡単に言うと「政治的に見てJBってどうだったの?」ということで、JBが多くの人たちに思われているであろうイメージをガラっと覆すような話を明確な根拠とともに論証していて、痛快極まりなかったのでした。

今回のトークショーのテーマから「間違いない、これは記事の延長上にある話のはずや」と思った私は、同時刻に新宿ネイキッド・ロフトで開催されているオトコノコ映画祭に行くのを諦めて、こちらに来たのです。

大和田さんのお話は、まずアメリカの近代黒人史を年表で追っていくところから。黒人の分離政策への反対や権利獲得、社会的地位向上というのを順に説明してくれます。

1965年まで行ったところで、一言。

「でも、ここまででJBは何も(運動に参画)していないんですよ。」

と。

確かに! 黒人の地位向上のテーマソング的に紹介される「セイ・イット・ラウド~~」のリリースは68年なので、確かにキング牧師が亡くなった年ではあるけど、ちょっと遅い。
おまけにJBは同年「セイ・イット・ラウド」のリリースより前に「アメリカ・イズ・マイ・ホーム」というアメリカ礼賛歌(公民権だけでなくベトナム戦争も泥沼化し、アメリカが最も混乱していた時期だというのに!)をリリースしていて、これで黒人同胞たちからは総スカンを食らったということが自伝でも語られていました。

つまりJBは、いわゆる黒人たちが持っていたような感覚で政治に向かってはいなかったのだと考えざるをえない、ということです。

うん、うん。そう、そう。それが「レコードコレクターズ増刊 ジェイムズ・ブラウン 永遠のファンキー・プレジデント」でも語られていましたから。今回がその延長だとしたら、ここで着地すると思ったんです。そしたら…

 

音楽的な見地から見たジェームス・ブラウンの黒人運動への寄与

 

大和田さんは、本来のジェームス・ブラウンの生業である音楽に視点を戻してみよう、と。

すると…

ジェームス・ブラウンの音楽っていうのは60年代後半までブルース進行が多かったけど、そこから劇的な変化を遂げています。

このへんの話は、かつて渋谷で開催された「Talk Enough」というイベントの「ジェームス・ブラウン勉強会」でもかなり深堀りされて語られていました。以下に音声だけなのですがアップされています(ただこの動画、その深掘りの前までしか収められていません。JBのブルース進行→ファンクへの変遷について実際に楽器を鳴らしながら説明してくれるという非常に面白い内容だっただけに残念です。どうでもいいですけど、私の笑い声も入っています。

私も実は当日こっそり録音していたのですが、携帯が壊れてデータを失ってしまいました。

では、話を戻しますよ。で、ブルース進行をやめたジェームス・ブラウンは、ワンループで脳のてっぺんからつま先までを震えさせるファンクという音楽を生み出し、大ヒットさせました、と。

すごいのは、これなんです。この「ワンループ」、つまり「たったひとつの和音」だけで、大ヒット=大衆性を獲得した、と。

これはどういうことか。

クラシックなどの西洋音楽ってのは、コード進行の音楽です。聴いてると次々とメロディが変化し、展開しますよね。

私もソナチネくらいまではピアノやってたので、コード進行のことはちょっと分かります。

お辞儀をしたときに鳴ってる二つ目の和音はちょっと暗い響きですよね。

この暗い和音の後は、明るい和音に行きたがる(行くと聴き心地がいい)という性質があり、このように展開していくのが西洋音楽の基本であります。

しかしJBはそれに真っ向からぶつかりました。

つまり、ファンクではコードが進行しないのです。

1〜2つのフレーズがループされていくだけ。

つまりですよ!大和田さんの話を大雑把にまとめると、

政治的にはあんまし興味ない風なJBだけど、彼の土俵である音楽では!確実に西洋の鎖を解き放ち!黒人たちの思いを代弁していたということができるのでは、ということなんです。

これは溜飲が下がりました。

 

最後の質疑応答で質問しました

 

JBは政治的には保守だった、という大和田さんの話に対して「政治的思想というよりビジネスマンとしての成功だけを追求した結果、ニクソン支持のほうが都合が良かった、非常に個人主義的な考えで動いてたのではと思うのですが、いかがでしょう?」と。

ビジネスでの成功そのとおりだと思いますよ、と言っていただけました。イェーイ。

おしまいです。グッゴー!

 

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