ファンキー社長

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NAS「Illmatic」で身につける「歌詞」の楽しみ方【本と曲の紹介】

      2017/08/20

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こんにちは、JAYと申します。

ふだん、ソウルの帝王ジェームス・ブラウンの数々の伝説をサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」を描いています。

 

今回はそのジェームス・ブラウンともつながりの深いHIPHOP…特に「ラップ」の話をします。

 

けっこう前ですが、こういうのが少し話題になってました。

 

「なぜ日本では詩が流行らないのか」私が思う理由は、敷居の高さです。「詩には正解がある」「正しく解釈しなければならない」みたいな強迫観念があるからではないかと。なぜなら私自身がそう感じてビビってしまい、長らく詩に触れずに暮らしてしまったからです。

 

そのため、ラップのように歌詞のウエイトがでかい音楽を聴くとき、ラップの「詩的(ポエティック)である」とか「リリカル(叙情的な詩)である」とかの意味がわからないのです。すなわち、こういう悲劇を招くことになります。

リリカルとは

リリカルとは

しかし、なんかキッカケでもないと歌詞を読み解くという世界の扉はなかなか開けないですよね(海外のラッパーの歌詞を聴くとなると英語という別のハードルも出てくるし…)。

 

そこでオススメしたいのが、NASというラッパーの伝説的アルバム「Illmatic」と、それを徹底的に解説した書籍「NAS’s Illmatic(邦題:NAS イルマティック)」(マシュー=ガスタイガー著・押野素子訳/スモール出版)です。

NAS「Illmatic」とは

 

ヒップホップを聴いたことのある人にはもはや説明不要なのですが、「NAS」というのはアメリカのラッパーの名前です。1973年生まれ、ニューヨークはクイーンズブリッジという地域の「プロジェクト」と呼ばれる大型の公営団地で育ちます。

 

NASが1994年にリリースしたデビューアルバム「Illmatic(イルマティック)」は、ヒップホップの歴史の中でも稀有な高評価を獲得し、「ヒップホップ・クラシック」つまり不朽の名盤として未だヒップホップ史に燦然と輝いているわけであります。

 

ラップアルバムとしては珍しく40分に満たないボリュームでとても聴きやすい。私は長いアルバムだと聴き疲れするので、Illmaticは全編通して一気に聴ける数少ないアルバムとして何度も聴き返しました。

 

当時、ヒップホップのプロデューサーとして名を馳せていたDJプレミアがメインで制作に携わっており、そのほかにも錚々たる顔ぶれがお互いに競い合うように素晴らしい楽曲を提供しています。

 

ちなみに以下は、DJプレミアが組んでいたヒップホップ・デュオ「Gangstarr」の曲です。イカしてますよね。

 

もちろんそうした制作陣の名前だけでなく、何よりNASのラップが良かったからこその高評価なわけです。いったい、NASのラップの何が、それまでのラッパーたちとは違って人々の心を奪ったのでしょうね。

 

「NAS イルマティック」を読んで理解する「Illmatic」の世界

 

書籍「NAS イルマティック」は、この「Illmatic」がなぜそこまでの絶大な支持を得るに至ったのかを主に「歌詞」の切り口から徹底的に解説しています。あの頃、リリックの翻訳も聴き取りも出来なかったのに適当に「NASはリリカルだ」とか「ポエティックだ」とかほざいていた方には必読の書です。

 

翻訳者の押野素子さんはジョージ・クリントン自伝「ファンクはつらいよ」やジェームス・ブラウンのインタビューや記事を集めた「JB論」などの翻訳も行っており、現地での生活から得られているのであろう英語的なニュアンスを押さえた訳は、読んでいてとても勉強になりますし、何より難しい言葉や回りくどい表現が無くてとっても読みやすいです。翻訳を読んでる感じがせず自然と頭に染み込んできます。

 

本書の内容を踏まえつつ、「Illmatic」の中でも私が特に好きな曲を3つばかりピックアップしてご紹介しますね。

 

1.NY. State of Mind

 

映画「ワイルド・スタイル」からサンプリングした、ニューヨーク臭がブリバリに漂うイントロの後に、空気を切り裂くように始まるのがこの「NY. State of Mind(ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド)」です。

 

ニューヨークでの日常、「街角の出来事」を、大げさに誇張することなく細かく描いており、実質的な1曲目にして、Illmaticの中で最高にかっこいい曲だと思います。

 

冒頭のマンガに出た「俺は眠らない。なぜなら眠りは死のいとこのようなもんだからだ」という歌詞を始め、パンチライン(名文句)がたくさん出てきます。これらはすでにいろんな雑誌やウェブサイトでも紹介されています。

 

ここでは、私が「NAS イルマティック」を読んで知った、この曲の特に素晴らしいポイントを紹介します。

 

それはVerse2(2メロにあたります)の始まりです。

 

伴奏のベースとピアノがピタッと止まって、代わりに耳を突き刺すような鋭いギターが鳴り響きます。ドナルド・バードの名曲「フライト・タイム」をサンプリングしていますね。

この4小節だけは現実の出来事ではなく、空想をラップしています。まさに、ストリートでの過酷な日常から逃れるかのように意識を「フライト」させているかのようです。

 

「ギャングスターになるのを夢見てる。モエ(シャンパン)を飲んで、銃を持ち、現金を数えてるのさ。株をやって、ヤクをさばくためのナワバリを広げ、警官を銃撃戦で打ちのめす」

 

こんな感じですかね。

 

しかし、次の小節にはギターは消えてベースとピアノが再びループを刻み「でも(今は)銃の引き金に指をかけて歩いてるただの野郎」とラップします。 つまり、一気に現実に引き戻されていることを表しているのです。

 

空想の中身と対比し、自分がいま死と隣り合わせの、息をつく間もない緊張の中にいるということをこれでもかという説得力で表現しているのです!しかもバッチリ韻を踏みながら。

 

このラインが空想と現実との行き来を巧みに表現していると理解して、私は心をもぎ取られてしまいましたね。

 

2.Life’s a Bitch

NASが詩的表現に富んだラッパーであるということが分かりやすく出ているのはこの曲ではないでしょうか。

 

というのは、Life’s a BitchにはNASの朋友AZが客演(フィーチャリング)として招かれており、彼の直接的なラップ表現と聴き比べることができるからです。

 

英語が苦手という方も、この曲だけは我慢してAZとNASのリリックを聴き比べてみてください。NASとAZのフロウ(ラップの仕方)全然違うなあ〜なんていう素朴な印象を受けますが、ここで気にしてほしいのはAZの言葉のチョイス。

 

「現実を見ろ。稼いでるかどうかが最優先事項。俺の価値観は『金』に根差してる。燃え尽きて灰になるまで、ハイになるぜ」

 

かなりの意訳かつ要約ですが、ストレートに表現していますね。それに対してNASのVerseを見てみると

 

「20歳の誕生日を、おれは早起きして祝ったよ。」

 

から始まります。これは単に「ハッピー・バースデイ」や「新成人!おめでとう」というだけの意味ではありません。

 

このあとに続く歌詞から「人生の4分の1を死なずに生きられた」ことを祝福しているのです。それだけ日常が死と隣り合わせだったことを示しているわけですね。

 

直接的な言い方ではなく、ちょっと遠回しの言い方で、自分の青春時代が大変に過酷なものであったと言っています。 上手いし、その歌詞の凄み(いわゆる「リアル」さ)に圧倒されます。

 

3.One Love

MVでは銃を持った警官から追われ、刑務所に入れられてしまうショッキングなシーンから始まる「One Love」。獄中にいるマイメン(仲間)たちに書いた手紙、というていで作られた曲です。手紙を読み上げるっていう手法は、日常の描写という意味ではとても効果的なアイデアだと思いますし、その手紙の宛先が「獄中」というのがまた、クイーンズの現実をこれでもかというほど如実に知らしめてくれます。

 

この曲では、大人気ヒップホップグループA Tribe Called Quest(2016年に再結成アルバムをリリースし話題になりました)のキーマン、Q-Tip(キュー・ティップ)が楽曲を制作しています。どこか不気味なベルのような音色が印象的です。

 

ちなみに、これらの曲の舞台となっているのは「クイーンズブリッジ団地」。この団地は「Y型」のちょっと変わった形をして建てられているのが特徴です。Google マップで見てみると、彼がラップしていることが「本当に狭い範囲での自分たちの日常」なんだとわかりますね。

クイーンズブリッジ団地

 

NASを知るだけでなく、歌詞世界への扉を開く鍵を与えてくれる「NAS イルマティック」

 

本書を読むことで、Illmaticについて深く知ることができるのはもちろんですが、私は何より「歌詞の楽しみ方」を教わった気がします。

 

ラッパーやアルバムへの評価を「雑誌とか本で読んだ」ではなく、自分自身の目で歌詞カードを読み、自分自身の耳でラップを聴き、自分の手をつかって辞書を引き、自分の頭をつかって作詞者の頭の中を想像する、ということが大事なんですね(かなり時間はかかりますが)。

 

Illmaticを十分に堪能した後は、同じ1994年にリリースされた他のラッパーのアルバムも歌詞を読み解いてみると、ラッパーごとの個性もわかってさらに面白いですよ。と同時にIllmaticがいかに革新的だったかも、身をもって分かります。

 

こうして得られた歌詞の読解力や考察力は、時を超えて、現代のラッパーたち…ケンドリック・ラマーやタイラー・ザ・クリエイターなどのリリックを理解するのにも役立ちますし、楽曲ではなく詩としてのラップの進化を時間軸で把握できるようになる(はず)ので良いことづくめです。

 

そのほかの「Illmatic」を知ることができる映像

2014年に公開された「Time Is Illmatic」は、同アルバムの発売10周年記念で公開された、アルバムの制作過程の紹介や内容を考察するドキュメンタリー映画です。DVDリリースの他、Netflixでも観ることができます。

また、スペースシャワーTVでラッパーのKダブシャインがラップの名盤を解説するシリーズ「名盤各務塾」(現在は放送終了)でも、NASのIllmaticを取り上げています。

 

おまけ~英会話学習としてのラップ~

 

ある外国人の方に「NASに限らず、ラップを聴いて英語を勉強するのはやめたほうがいい。ラップは文法を崩しているし、言葉が汚い」と言われました。

 

「やめたほうがいい」というのは極論な気がしますが、確かにラップで英会話を身につけようというのは少し気をつけなければなりません。ラップで英会話という発想の中に、単純に「スラング知りたい」「崩れた文法で会話ができるようになりたい」みたいな憧れをもっている人は多いでしょう。しかし彼が言うように、確かに私たちがスラングを含めた教科書的でない英語を使うためには「その言葉が与える印象(ニュアンス)」を押さえておかねば、相手に対して無礼を働いてしまいます。

 

日本人がスラングを覚えてキャッキャ言うノリで外国人にも同じように言ってたら、不愉快な思いをさせることになりかねません。

 

私の知人も18歳くらいのころ酔って外国人にスラングで話してたら殴られたと言っていました。確かに「そりゃ殴られるだろ」というくらい酷いことを言っていましたが、若い彼はその想像ができなかったんですね。

 

このへんの感覚を正確に理解するのは日本にいると難しいですが、めいっぱい想像を膨らませて、「ラップを読むこと」を楽しんでいきたいですね。

 

おわりです。よかったら、マンガ「ファンキー社長」のほうも読んでってください。

ファンキー社長の就業規則第1話「ファンキー社長の就業規則」
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