ファンキー社長

ソウルの帝王ジェームス・ブラウンをサンプリングしたマンガ「ファンキー社長」のホームページです。初めての方は1話から読んでみてください。

FUNKを知るために重要なバンドと代表曲~FUNKの入口~

      2017/04/08

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はじめに~FUNK(ファンク)の概要~

 

FUNKとは何か。というと、かんたんには論じ難い話であります。なにしろFUNKが生まれたとされる60年代と、その後の70年代のFUNKを聴き比べてみても、かなり違って聴こえるくらい多様性ある音楽だからです。さらに広大なアメリカですから、土地によってもFUNKはまるで変わってきます。

 

そこで百見は一聴にしかず。今回は、FUNKを知るために重要なバンドとその代表曲を紹介します。

 

1.ジェームス・ブラウンとJBファミリー

 

言わずもがなのファンキー大統領、ジェームス・ブラウン。当サイトのマンガ「ファンキー社長」の元ネタでもあります。

 

代表曲は「ゲロッパ」でおなじみ「Sex Machine」やサンプリングソースとして名高い「Funky Drummer」でしょうけど、これらは初めてFUNKを聴こうとする方にはとっつきづらいので、「聴きやすい」ジェームス・ブラウン楽曲選を以下にまとめています。こちらを御覧ください。

 

2.スライ&ザ・ファミリーストーン

 

ジェームス・ブラウンFUNK全盛期に西海岸はサンフランシスコで独自のFUNKを作り出したのが、スライ・ストーン(本名シルヴェスター・スチュアート)率いるスライ&ザ・ファミリーストーンです。

 

当時としては珍しい人種混合・男女混合バンドで、FUNKの影響下にありつつ西海岸らしいヒップスター文化のエッセンスを多大に取り入れた音楽性は多くの人を魅了しました。

 

非常にシンプルで直情的な詩が印象的な「People Everyday」(1968年) 。あらゆる「違い」からの解放、そして人として生きる上で普遍的に大切なこと…平和であったり、ポジティブでいることであったり、それを教えてくれる最高の曲です。

白人支配の社会において、黒人のスライが「人として」という普遍的平等を前提に、被差別の境遇にない私たちの心にも素直に響く楽曲をつくっていた…そんな彼の強さに思いを馳せると、この曲の音色以上の良さが分かります。

 

その後、スライ・ストーンのジャンキーぶりが加速し混迷の途を辿りますが、71年に「There is a riot going on」(邦題「暴動」)というアルバムをリリースします。

 

スライ&ザ・ファミリーストーン最高の傑作と言われることも多い「暴動」ですが、前出の「Everyday People」のあとに聴くと「えっ!?」というリアクションを取らずにはいられないでしょう。

 

自由や平等を歌った前作から、今作では不安、怒り、苦しみが滲み出ています。2年間の間にスライを取り巻く環境、そしてスライ自身の内面にも大きな変化があったことがはっきりと見て取れます。

 

しかしこの「暴動」…アルバム全編を通して底に流れている、重くて不穏な空気。チープで曇った音色。温かいのに、冷たい。暗いけど、どこか穏やか。じとっと湿っているのに、激しい。こんなカオスな印象なのに、終始一貫したイメージをもっています。さすが最高傑作。

 

代表曲は「Family Affair」ですね。直訳すると「家の事情」。これに出てくるギター、ベース、ドラム…すべての音色が独特なスモーク感、ほこりっぽさを持ってて最高にかっこいいです。これぞFUNK。

 

ちなみに、こちらでもスライ&ザ・ファミリーストーンについてもう少し細かく書いているので読んでみてください。

 

ちょっと一息~FUNKの歴史~

 

ファンクの帝王ジェームス・ブラウンや西海岸のヒーロー・スライがFUNKを次々と作り出した60年代後半~70年代半ばくらいまで、タフネスさと本質的な明るさとを兼ね備えたマッチョなFUNKが音楽シーンを席巻します。

 

ですが、ベトナム戦争終結後の70年代後半には、それまで戦争と人種差別により鬱屈していた黒人世論を映し出すかのように激しさと緊張感をもっていたFUNKは、その矛先を失ったためか次第に力を弱めます。代わってシーンに現れたのが、FUNKのエッセンスを大衆向けに消化したディスコです。

 

ディスコはFUNKの延長上にあり、FUNKを演っていたミュージシャンが演奏することも多い音楽です。ふつうに聴いてる分にはあえてディスコとFUNKと分ける理由もないからでしょう、ごっちゃにされて話題に上がることが多いようです(それはそれで全然悪いことだとは思いません)。FUNKって、それだけ幅のある音楽なのですね。

 

ただFUNKをFUNKたらしめる要素はあります。「The One」、つまり小節の1拍目に重きを置くというのがFUNK最大の特徴です。意識して聴いてみると、確かに1拍目は力強さもありますし、食い気味…というほどではないのですが、「乗せてる」という感じがします。ディスコはこの概念を踏襲していません。

 

FUNKのはじまり…つまり「The One」を初めて概念付けたのが、ジェームス・ブラウンです。

 

史上初のFUNK楽曲は、ジェームス・ブラウンの1967年「Cold Sweat」であるという話もあれば65年「Papa’s Got a Brand New Bag」であるとか、さらには64年「Out of sight」であるとか(なんにせよジェームス・ブラウンですけど)、いくつかあります。

 

いずれにしても、ジェームス・ブラウンのFUNKが非常にかっこよくて興奮せずにはいられない音楽なのは間違いなく、かつそれに大きな影響を受けたFUNKミュージシャンたちはたくさんいます。前出のスライももちろんですし、後に述べるバンドもそうです。

 

閑話休題。続きをどうぞ。

 

3.ミーターズ

 

次は南部から。ニューオーリンズで活動していたアート・ネヴィルを中心に結成されたミーターズです。

 

60年代の暮れ頃にデビューしているのでスライよりも少し後ですかね。こちらは西海岸とはまた全然違い、ヒッピー感などはまるで無いです。

 

南部、特にミーターズはほこりっぽさに加えて「土」感が増します。汚れた感じがするのです。アップテンポでノリノリ!とは違って、テンポゆっくり目、だけどジワジワ熱くて下半身が揺さぶられる、渋さがあります。

 

代表曲は「Cissy Strut」ですね。ループがクセになります。たまりません。オリジナルメンバーではないのですが、いまも「Funky Meters」の名で活動しており、確か2014年ごろに来日したのを見に行きました。このときはなんと、ビルボードのアンケートハガキに回答したら招待されたんですね。確かに人入りは少なめでした。

 

余談ですが、友達と一緒に少年野球の練習に参加しているとき、子供たちが声出しで「ぃぃゃあああああああああ!!」と揃って叫んでいるのを聞いて「こんな曲なかったっけ?」と友達に聞いたら、「ミーターズだね」と即答されてひどく笑ったことがありました。

 

4.パーラメント/ファンカデリック

 

ジェームス・ブラウンのファンクを発展・昇華させ、さらに独自のストーリー性を加えて一大叙事詩に仕立て上げたのが、パーラメントとファンカデリックというバンドを率いる総帥ジョージ・クリントン。

 

パーラメントはジメジメかつフワフワしたファンクが全面に出ており、ファンカデリックはその名前から想像できるようにサイケデリックなファンク、そしてロックよりの直線的な激しさをもっているバンドです。

 

ジョージ・クリントンは自らのFUNKに「宇宙」というイメージを投影しました。そして、画家ペドロ・ベルの独創的なイラストレーションによってその世界観を広げ、さまざまなキャラクターが織りなす「P-FUNK」という大きな舞台を生み出したのです。ミュージシャンになる前はイカした髪型にしてくれる床屋さんだったというジョージ・クリントンの、この想像力の豊かさには脱帽します(大いにドラッグの恩恵があっての空想なのだろうと思ってしまいますが)。

 

さて代表曲ですが、パーラメントとファンカデリックそれぞれ紹介します。まずはパーラメントから。

 

続いてファンカデリック。

 

そして、これ。こいつを見ていただければ、かなり前衛的な人たちだったんだなあということは伝わると思います。

 

ちなみに、マンガ「ファンキー社長」にも登場していますので見てみてね。

 

P-FUNKはその後、JBと並んでヒップホップ、特に西海岸ギャングスタラップの1潮流である「G-FUNK」のサンプリングソースとして大きな影響を残すことになります。

 

FUNKを知るために重要なバンドと代表曲~最後に~

 

今回はこれでおしまいにします。いかがでしたでしょうか。少しでも「ああ、やべえ。ほかのFUNKも聴いてみたいな」と感じていただけたら最高です。

 

ところで、FUNKの語源は「煙」からくる「匂い」と言われています。つまり「良くない匂い」というニュアンスを含んでおり、はじめは黒人に対する蔑称のように用いられていたのではないかと思われます。

 

黒人の歴史を、歌をキーワードにわかりやすく紐解く「魂をゆさぶる歌に出会うーアメリカ黒人文化のルーツへー」では、黒人たちの「悪いこと・ものを良いこと・ものに言い換える文化」について書かれています。それを踏まえると、この「良くない匂い」を意味したFUNKも彼らの手によって今私達のそばにある最高にカッコイイFUNKへと生まれ変わっていったのではないでしょうか。

 

ベトナム戦争下のアメリカで、経済・教育だけでなく命の保障もない状況を生き抜く黒人たち。彼らが少しでもマシな生活を手にする数少ない手段が、軍人になって戦争へ行くことだったといいます。

 

なぜ、国からこれ以上ない理不尽な扱いを受けている自分たちが国のために命を賭けなくてはならないのか。そんな言葉にならない怒り、苦しみ、悩みがFUNKの熱気を生んだのだと思います。

 

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