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スライ&ザ・ファミリーストーンのFUNKはJBと違ってまた最高【名曲・代表曲】

      2017/04/08

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ヒップホップからソウルやファンクを聴くようになった人の中には、先輩や友達、親御さんなどに「ファンクならスライ&ザ・ファミリーストーンでしょ!」と言われて「Dance To The Music」聴いたら、

 

「いや、いい曲はいい曲なんだけど、なんかこれ、思ってたようなファンクとは違うっていうか、思ったよりポップだし軽くない?ビートもファンクというより、ロックンロールみたいなさ…」

 

みたいに感じた人、いませんか?いてほしい!!なぜなら私がそうだったから!

 

でもスライ&ザ・ファミリーストーンは聴けば聴くほどにファンク。そんなスライの代表曲やオススメ曲を、過去の思い出と一緒に紹介いたします。

 

Dance To The Music(1968)

まずは冒頭にも登場した「Dance To The Music」。レーベルからの「ポップにやれ」という圧力がすごかったみたいで、「Dance To The Music」はスライがその意向に従うことで生まれました。タイトル通りの思わず踊りだしたくなる軽快で明るい楽曲で、レーベルの思惑どおり、ビルボードチャートで8位という劇的なセールスを叩き出します。

その後、同名のアルバムがリリースされ、R&Bチャートで11位という結果を出しました。

 

Underdog(1967)

この曲こそ、前出の「Dance To The Music」などで「うーん?」と違和感を持った方に聴いてほしいですね。

まず、民謡「グーチョキパーでなにつくろう」のダークなアレンジから始まるイントロで完全に心奪われてしまいますね。しかし心を見失う間もなく、スライの号令とともに一気に襲い掛かってくるビート、弾けるようなギター、腹の奥までズンズン来るベース、楽曲を導くホーン、そしてワンフレーズごとに締めくくるファンク風味全開の艶めかしいコーラス。

 

かた焼きそばとかにかかっている「餡」の海にドボンと浸かったような、全身が重さで満たされる感じが最高です。

 

「Underdog」は「Dance To The Music」よりも前にリリースされている曲で、スライの1967年のファースト・アルバム「A Whole New Thing(新しい世界)」に収録されています。このアルバムはジェームス・ブラウンたちのファンクやサイケデリック・ロックなど、スライが受けたであろう音楽的な影響がピュアに反映された曲が詰め込まれていて、カラフルで非常にカッコイイ作品に仕上がっています。

 

まあ、そんなに売れなかったということで前述のとおりポップさを強めていくわけですが。

 

ちなみに、ローリング・ストーン誌のweb記事では「Underdog」がスライ&ザ・ファミリーストーンのファーストシングルであると書かれていますが、All Music.comではアルバム未収録の「I Ain’t Got Nobody」がファーストだと書かれています。どっちなんでしょうね。

 

ファンクの裾野を広げ、独自の立ち位置を築く

その後リリースされた曲「I Want to Take You Higher」「Everyday people」も曲調は非常にポップで、そのほかの曲たちもサイケデリック・ロック的なフレーバーを多分に含みつつファンクである、というバランスのよい内容になってます。

 

 

いろんなバックグラウンドをもったバンドメンバーが集まり、それらが奇跡のバランスを実現したんでしょう。スライ自身もかなりブッとんだ人ですから、当然メンバー同士の衝突もたくさんあったと思います(メンバーたちとの確執は後々の活動停止や解散にも影響します)が、この当時はその個性が反発ではなくうまく融合して、七色の輝きを放っていたわけですね。

 

性別を超え人種を超え、音楽性の違いも混ぜこぜにしたスライのファンクはこの頃に絶頂を迎えます。1969年リリースのアルバム「Stand!」はビルボードで13位、300万枚を超えるセールスを叩き出しました。スライ&ザ・ファミリーストーンは、まさしく色鮮やかな魅力に溢れ、あらゆるリスナーたちの魂に響く裾野の広い音楽となりました。

 

そんな彼らの活躍を象徴するのが、1969年にニューヨークで開催された野外フェス「ウッドストック・フェスティバル」への出演でしょう。

 

ヒッピーの祭典みたいな側面もあり、フォークやロックのミュージシャンたちが集結する中で出演を果たします。ちなみにジミヘンも出てます。このへんはDVD「ウッドストック~愛と平和と音楽の三日間~」で映像として残っていますので観てみましょう。スライ、けっこう出番短いなって感じでしたが。

 

そういうわけでファンクをメインストリームに持ち込んだという点において、多大な貢献をしたバンドなわけですね。

 

さらに、スライ・ストーンはカッコいいんですね。ビジュアルが。これは「オバサンパーマ」などと揶揄されコミカルな扱いを受け続けたジェームス・ブラウンとの大きな違いです(最近では映画化によって印象も変わったのではないかと思われますが)。

 

ストレス、不信、ドラッグ中毒…最果ての傑作「暴動(1971)」

商業的な大成功は、彼に想像を絶する苦痛を与えたようです。ドキュメンタリー映画「SLY STONE」でも、こうした彼の苦しみが伝えられています。

 

こうした苦しみから逃れるようにドラッグにのめり込み、バンドメンバーとの関係も壊れつつある崖っぷちの状況でリリースされたのが「There’s A Riot Going On(邦題:暴動)」です。

 

「暴動」は、それまでの彼らの作品とはまるで趣の異なる、暗澹たる雰囲気を醸し出したアルバムです。

 

商業的な成功を追求したレーベルの意向とは袂を分かったのか、初期のようにスライ自身が感じているものが音になって現れた傑作。

 

代表曲は「Family Affair」ですが、背筋がぞぞっとするような名曲だらけなのです。私が特に好きな「Just Like A Baby」なんて、もう、どうでしょう。不穏なのに、穏やかな感じがするのです。のっそのっそと底のほうをうごめくベース、そして必要最小限に鳴るギター、淡々と刻むドラム。言葉にできない!

「Smilin」だって、ほら!こんなにヤミツキになります!

 

ブルーノート東京の来日公演の思い出

「暴動」の大ヒット後、「FRESH」などいくつかリリースをしますが個人的にはあまり好きではありませんでした。とはいっても最後に聴いてからかなり経過しているので、この辺も再度聴き直したいですね。

 

その後のスライ・ストーンは、服役や、人前から姿を消してしまうなど、公に姿を現さなくなった時期もありました。ですが2000年を過ぎてからも活動は細々とながら継続しており、2008年には初来日公演、そして2010年に「Rufus feat.Sly Stone」という形で再度来日が実現しました。

 

で、私はこの2010年のライブに行きました。「ルーファスって、あのチャカ・カーンと一緒にやってたバンドだよな。チャカはこないよなあ。なんでこの組み合わせなんだろう…ルーファスのほうは知ってる曲あんまないけど、スライが来るんだったら観られるのは最初で最後かもしれんから行ってみよう」て感じでした。

 

あとは記憶をもとにした話なので誤りがあるかもしれませんが、このとき確か、スライは予定通りの時刻に到着しませんでした。

 

ルーファスの演奏は思いのほかグルーブ感があってキマっていたので気分は上がっていたのですが、待てどもスライはなかなか来ず、そもそもドタキャンとか普通にする、みたいな話を聞いていたので不安だったのを覚えているのです。

 

ですがその不安は、ボディガードに囲まれ、ギンギラギンに輝くスパンコールのスーツを身にまとうスライ・ストーン御大の登場によってキレイに掻き消されました。(※Youtubeに動画があったので観たら、スパンコールじゃなかったようです…キャップだけだったかなあ)

 

ただ、その姿はやっぱり衝撃でしたね…

 

まず身長が異常に小さい。そして身長に比べて頭部が大きいのです。首の曲がり方も変でした。ドラッグが体を蝕んだ結果であろうことは、想像するのに容易でした。

 

そして、あんまし歌いませんでした。まずは椅子に腰掛け、キーボードを鳴らします。

 

同じパターンを繰り返し弾きます。シンプルな演奏だったように思います。

 

でも「I Want to Take You Higher」「Dance To The Music」ではサビを一緒に歌ってくれました。体の動きは非常に遅く、リズムに合わせてわずかに手を振ったり頭を揺らしたりという程度でしたが、一体となって踊ってくれました。スライ・ストーンのソロアルバム「High On You」のジャケみたいなイキのいい動きは、もうできないようですが、それは当然ですね。歳も歳ですしね。

 

だけど、こんな体調でも海を越えてやってきてくれたわけですから、うれしかったなあ。

 

ステージから降りる際には、ボディガードをものともせず猛然と寄ってたかる観客たちに対しても出来る限り対応していました。ああ、伝説の人を見てるんだ…という感慨でいっぱいになったのを覚えています。

 

それから5年後の2015年には、スライ&ザ・ファミリーストーンのベーシストでありながらブーツィ・コリンズと双璧を成すファンクベースの演奏者ラリー・グラハムの来日公演にも行ってきました。そのときの模様はこちらでも記事にしていますが、「タイムスリップ」と称して過去へと誘う演出の後に始まった「Family Affair」で魂を一つ残らず持って行かれてしまいました。

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2010年代の今もなお、スライの音楽は生き続けているのです。

 

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